アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】
皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「仏道実践の基本プログラム」です。
[Q]
在家の仏道実践は三項目で、「①Dāna 布施・②Sīla 戒・③Bhāvanā 瞑想実践」とのことです。どの項目を実践するかは、在家の判断でよいのでしょうか? この三項目をどのように実践するのがよいのでしょうか?
[A]
■仏道は何から実践しても大丈夫
布施・戒・瞑想実践の三項目は、個人の好みで実践して構いません。実際の仏教徒たちは、布施と戒を併せて行なっています。誰かがお布施法要を要望したなら、先に三帰依・五戒を唱えて受け、それから法要を執り行うのです。これは、ごく一般的でよくあることです。
なぜ順番があるのかというと、戒(道徳)というのは、どちらかというと仏教的な色付けがあります。布施は与えるという行為で、寄付することです。布施には、仏教的な色付けはありません。寄付などは宗教に興味が無い人でもします。ボランティア活動や人助けなど、それも布施に当たります。宗教に反対する人でも寄付はするのです。
■与えることは生命として必要最低限
ということで、順番として宗教や信仰の有る無しに関係無く、無神論者であろうが、唯物論者であろうが、誰でも良い人・善人であるなら、性格の悪い人・悪人でないのであれば、やはり人助けをします。自分が持っているもの(所有物)を分けて使おうとするのです。それは与える行為です。動物たちの次元でもやっている行為です。例えば獲物を分け与えたりすることです。
ですから、誰もがやりやすい布施から始めてくださいと教えていて、次に道徳という戒は、全ての人々が実践していることではありませんので、心を育てるために戒を守ってくださいと教える。瞑想実践は多くの仏教徒たちの中でも一部の人しかやらないのですから、心を育てる方法として次の段階となります。
■瞑想するには戒(道徳)が欠かせない
ポイントは、布施で始めても、戒で始めても、個人の好みで結構です。しかし、布施も戒も後回しにして、先に瞑想実践から始めようとしたとしたらこれはあり得ない・成り立たないのです。どうしても戒と瞑想実践は繋がっています。切り離すことはできないとお釈迦さまが仰っています。道徳を守らなくても集中力(精神統一)ぐらい身につくだろうと思ったとしてもそれは不可能です。世の中には音楽やリズムに乗って瞑想・ヨーガをやっている人々もいますが、それは仏教的には瞑想の範囲には入りません。瞑想とは言えないのです。
ネットで検索すればMeditation Musicなんかは、かなりたくさんあります。特に呼吸瞑想と検索すれば、いろんな動画や音楽がいっぱい出てきます。それで少し気分(感情)はリラックスして癒されるかもしれませんが、心は成長しません。例えば、ヒーリング音楽などでも海の波の音がよく使われています。録音した波の音を聞いて心を落ち着けさせ、集中させようとする。しかし、録音した波の音を真剣に聞けば、逆に心はイライラすることもあり得ると思います。実際に海に行って生の波の音を聞くのであれば、いくらか聞いていられるかもしれませんが。もし波の音を聞けば心が落ち着いて精神統一するというなら、海の近くに住んでいる人々は皆そうなっているはずでしょう。しかし、海の近くに住んでいる人には、波の音が聞こえていないのです。もう聞き慣れてしまって意識すらしていない。山で生活していた人が海に引っ越ししても、波の音に困るのは一日、二日ぐらいです。三日目からは、その人にとって海は静かになります。
■道徳と瞑想が心を清らかにする
道徳と瞑想はどうしても切り離せません。布施は単体・独立して行為できます。布施の場合は、受ける側・相手が必要になります。ですから、社会で生活する人が順番として、仲間たちと良いこと・布施をして、それから道徳を守るようにする。道徳は個人的な実践です。その上、瞑想実践は更に個人的なことになります。皆で一緒に、全体で、グループになって瞑想実践するというのはあり得ないことです。一応、順番としては①布施、②戒、③瞑想実践ですが、しかし実際には決まりは無く、やりやすい順番という感じです。ただ③瞑想実践においては、必ず②戒が無ければ成り立ちません。瞑想実践をする前に、道徳・戒を一年でも二年でもきちんと守った方が、より効果・結果が良くなります。戒に慣れてから瞑想実践をする方が上手くできます。
■出典 『それならブッダにきいてみよう: 瞑想実践編4』
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