アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。

[Q]
    私は五戒の中で、最も重いのは不妄語戒だと思います。なぜなら嘘を許すと、本当は殺したのに殺してないなどと、どんなことでも言えてしまうからです。そこで質問なのですが、いわゆる「美しい嘘」はどう考えたら良いでしょうか?    例えば、自分の体調が悪いのに、相手に迷惑をかけないために、元気なふりをするなどという場合とか。これは自分を守るための仮病よりはマシな気がします。


[A]

■不妄語戒は智慧の開発のためにある

    お釈迦様は「嘘をつく人にはどんな罪も犯せる」とおっしゃっています。それはそのとおりなのです。だから人は嘘をつくことだけはやめた方が良いのです。
    「美しい嘘」の意味が良くわからないですが、私の個人的な感じでは「美しい噓」というのは、相手もわかっているものですね。騙されていませんし騙す気も無いのです。お互いに笑ってしまうような、ちょっとしたエピソードトークです。そういう慣用句的なものは日常的に使いますね。
    体調が悪いけれど相手に迷惑をかけないために「大丈夫、大丈夫」と言うのは嘘でも美しい噓でもありません。本人が自力で頑張りたい気持ちでいるのですから。
    かなり昔、説法の最中に体調がおかしくなってしまったことがあります。ただ、いつも十五分くらい休めば元に戻るので「休憩時間は横になって休んでいます」と告げ、控室で横になっていたのですね。すると一分ごとに皆が様子を見に来るのです。「調子はいかがでしょうか」「お茶いかがですか」「コーヒー召し上がりますか」と……。漢方薬を持って来る人までいました。
    あぁ、二十分休んだら治るのに、三十分もいじめられてしまったのです。親切心からなのはわかっているのですが。午後からの勉強会はどうやって乗り切ろうか……しゃべって質疑応答して、場合によっては論争もあり体力を使います。なので最後に来た人にちょっときつく言ったのです。そうするとやっと「ああ、なるほど、体を休めた方が良いですね。誰も来ないようにします」と言ってもらって、やっと五分だけ休むチャンスを貰えました。(横になっただけでは休むことはできません。人としゃべるということは酷いストレスで苦しいのです。体にエネルギーが入りません。だから二十分くらいこころをストップして体を scanning します。それで治るのです)。本当にしんどくて喋れない時など、「大丈夫、大丈夫」と、お茶を濁すしかないのです。それは嘘ではありません。
    嘘を言わないという戒律は、ただ単に犬に「お手」と言ったら手を出すような、システマティックな感じでは意味が無いのです。もうちょっと、人格が向上して、頭も良く冴えてきて、言葉を使う時もちゃんと考えて理性的な言葉を使い、智慧を開発するために使わなくてはいけないです。形式的に守っても大したことはないと思いますね。


■出典    『それならブッダにきいてみよう: こころ編6』
https://amzn.asia/d/0ddkRKhp