アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】
皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「妄想は自我の錯覚に基づき起こるもの」です。
[Q]
悟った人は妄想をどのように扱っているのでしょうか?
[A]
■捏造機能が停止すれば 妄想では無い思考の流れとなる
悟りに達した人は妄想する必要がありません。すでに執着が絶たれています。妄想するのは何か不満があるからなのです。例えば仕事をする時は仕事に不満があります。音楽を聴きながら仕事をしている人がいるでしょう。あれは不満があるからです。悟りに至った人は、捏造機能を停止させ執着が絶たれたので、もう不満がありません。ですから妄想する必要が無くなります。妄想の代わりに思考はします。その場合の思考は、自我の錯覚に基づいた思考ではありません。人が質問をしたら答えなくてはいけません。必要があれば思考はします。思考は論理的に組み立て、結論に達して終わります。不満に基づく妄想には延々と終わりがありません。
■世間では妄想を活かしている
俗世間では妄想を活用する人々もいます。例えば芸術家たちです。世間では美術や音楽という妄想は儲かります。私たちは妄想のおかげで、元々あった能力さえ失い、仕事でも失敗し、人生にも失敗しています。しかし、ある人々は妄想で金儲けをしています。その場合は、テクニック(技術)を使っています。ただムダな妄想ではなく、技術を使って妄想を管理し、何かしらの形・作品を生み出すのです。作品をつくる人は、自分が妄想していることを充分に知っています。その妄想をどのような形にすれば、視聴者が共感・感動するのか理解しています。テクニックがあるのです。
例えば、画家は絵を描くと思いますか? ある物体を紙に写したければカメラを使えばいいことです。でも画家はカメラを使いません。自分のイマジネーションのパワーで、頭の中に浮かんだ絵(妄想概念)を技術・技法を全て使って再現するのです。筆を使って絵具の配置を変えて、「このように塗れば、見る人にはこんな風に見えるだろう」とわかって描くのです。どんな絵画も、実は何も描かれてはいません。ただの色があるだけ。テクニック・技法を使って、見る人に例えばリンゴという具体的なイメージを思い浮かぶようにさせているだけなのです。ひとつ思い出しましたが、Amazonのロゴマークがあるでしょう。あれはただの矢印です。しかし、それを見ると「笑っているように見え」ますね。そんな感じです。ただ矢印があるだけなのに、笑顔のイメージが思い浮かぶ。それがテクニック・技法です。ただの矢印ですが、あのロゴマークを描いた人は相当儲かったでしょうね。あの矢印のロゴマークを見ただけで、Amazonというイメージも思い浮かびます。これが妄想の世界です。私たちも結構やられていますよ。これは俗世間で妄想を活用し金儲けする方法です。テクニックの使い方の問題です。
■生存欲が消えても思考は残る
阿羅漢など悟った人には、まず金儲けする必要がありません。もうやるべきことは終え、生きることも終えた人です。何のために儲ける意味がありますか? しかし、悟った人も思考はします。理論を考えたりします。人間たちとコミュニケーションする必要もありますから。それは貪瞋癡(むさぼり、怒り、無知の三毒)に基づいた妄想とは言えず、執着の無い思考なのです。
■出典 『それならブッダにきいてみよう: 瞑想実践編4』
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