アルボムッレ・スマナサーラ

【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日は「拈華微笑は実話?」という質問にスマナサーラ長老が答えます。

[Q]

    お釈迦様がみなの前で花をひねり、ただひとりマハーカッサパ尊者だけが真意を知って微笑したという「拈華微笑」は実話ですか?

[A]

    「拈華微笑」というのは、「マハーカッサパ尊者がブッダの跡継ぎである」と言うために作られた、大乗仏教らしいストーリーですね。花は、仏教の悟りを意味するシンボルでしょう。それをお釈迦様が折るというのは、お釈迦様の時代が終わることの象徴です。そして、「わかりました」とマハーカッサパ尊者が以心伝心でうなずくという、わかりやすいロマンチックな話に仕立ててあります。
    もしそれが本当にあった話なら、テーラワーダ仏教の文献にもなにかあるはずですが、残念ながらありません。しかし、禅宗でも、われわれテーラワーダ仏教でも、マハーカッサパ尊者は第一人者です。そこに異論はありません。そして、このエピソードには、テーラワーダ仏教のお坊さんたちでも読み取れていないストーリーがあります。それをお話ししましょう。
    マハーカッサパ尊者は、金だけでも八十億金貨もあった大金持ちの家の一人息子でした。そして、大金持ちの一人娘と結婚しました。とてつもない財産家でありながら、しかし、二人とも在家生活が嫌でたまりませんでした。それでも、両家の親が生きているうちは一緒にいたのですが、二人とも「欲に溺れた生活は嫌だ。結婚生活のふりをして、内緒で修行生活をしよう」という気持ちで過ごしていました。そして、両家の親が亡く
なり葬式もすむと、財産の整理などにも無関心で二人は出家しました。
    奥さんは出家にふさわしい服を身にまとって出て行きました。カッサパ尊者は、かなり豪華な、柔らかい生地で作った、良質の衣をまとい、鉢を持って出て行ったのです。
    神通力でカッサパさんが出家したことを感知したお釈迦様は、見込みがあると期待して、カッサパさんが通るはずの道のどこかで、木の下で座って出迎えました。ですから、カッサパ尊者がはじめて会った宗教家は、お釈迦様だったのです。当時の出家スタイルは、どんな宗教家でもいいので、とにかく会った人と話し合ってみて、一緒に生活して、気に入らなかったら次のところに行く、というようなものでした。
    出家したばかりのカッサパ尊者はお釈迦様に「実践方法を教えてください」と頼みました。
    説法を頼む場合、礼儀作法がありました。説法する指導者は少し高いところに座り、弟子は低いところに座って話を聞く決まりでした。そこで、カッサパ尊者は自分がまとっていた豪華な衣をたたんで、「どうかこちらにお座りになってください」と、座布団代わりに差し出したのです。お釈迦様はなにも言わず、そちらに座ります。カッサパ尊者は衣を脱いでいましたから、上半身が裸の状態で説法を聞きます。それで、預流果の悟りに達したのです。
    それからお釈迦様が自分が座っている衣を触ってみて「この衣は柔らかいですね」とおっしゃったのです。カッサパ尊者はたちまち土下座して「ぜひ、これを受け取ってください。身にまとってください」と座布団にしていた衣を差し出しました。そのときお釈迦様が着ていたのは、奴隷の召使いの女の人の遺体を巻いていた、麻で織った、ごわついた生地の衣でした。苦行中、お釈迦様の衣がぜんぶぼろぼろになって、着るものがなくなったので、ご自分で遺体の捨て場からその衣を持ち出し、洗って、ご自分で染めて、体にまとっていたのです。当時の行者はそんなものでした。
    カッサパ尊者に衣を勧められたお釈迦様は、自分の衣を見せて、「君にこれが着られるかい?」と聞きました。「着られます」とカッサパ尊者は答えました。いくら品質が悪くてもお釈迦様が着ていたものです。あまりにも尊いものです。触れるにしても、手を洗い、身を清めてから触りたいものです。それを「着られます」とカッサパ尊者は言ったのです。
    こうしてブッダとカッサパ尊者は衣を交換したのですが、この「私は着られます」というカッサパ尊者の言葉には大事な意味があります。ブッダが涅槃に入ったあと、責任をもってお釈迦様の代わりに仏教を守ることができます、という意味なのです。要するにブッダの後継者になるということなのです。後継者だからこそお釈迦様の衣を交換していただいたのです。こんな畏れ多いことはこのケースだけです。
    マハーカッサパ尊者は偉大なる正覚者が身にまとっていた衣を交換していただいたことをとても誇りに思っていました。たいへん責任を感じたのです。お釈迦様が涅槃に入られたとき、全責任をもって比丘たちのリーダーとしての義務を果たしたのです。ブッダの教えをまとめて、弟子たちにこれからどのように生きるべきかということも定めておいたのです。
    禅宗も、テーラワーダ仏教もマハーカッサパ尊者が仏教の第一の師匠であるとして仰いでいます。ですからマハーカッサパ尊者がブッダの後継者であることには、疑いはありません。花を捻ったというのは北伝のストーリーです。衣を交換したというのは南伝のストーリーです。衣を交換した話は古い経典に残っているので、それが事実だと思います。



■出典    『ブッダの質問箱』