アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。

[Q]

    発達障害と診断されました。ADHD(注意欠陥多動性障害)ということで、薬を飲むように勧められています。幼い頃から人の出来ることが出来なかったりして悩んできました。仕事でも些細なミスを繰り返してしまい困っています。自分なりに努力しましたが、一向に改善することはありません。最近では、自分に出来ないことは、出来ないときっぱり諦めて生きていこうというスタンスに変わりました。

①発達障害の人が「自分に出来ないことは出来ない」と割り切った考えを持つのはいいことなのか?
②障碍者はいかに社会で責任を負うべきか?
③瞑想修行に薬の服用は妨げになるのか?

の三つについてお聞きしたいです。


[A]

■割り切りも大切です


    自分に出来ないことは出来ないと割り切った考えでいいのでしょうか……って、割り切るしかないでしょうに!    私も出来ないことは出来ないです。それで悩んじゃうのはバカバカしいですよ。私は全く歌えませんが悩んだことは一度もありません。これが当たり前だと思っていますから。障碍者・健常者という区別ではありません。
    誰でもそうなんですから開き直って欲しいんです、あと、障碍があることを決して理由にしないでください。全ての人間は障碍者です。みんな何かしら障碍があるんですよ。仏典ではそういう問題が無いのはたった一人、お釈迦様だけだと言っています。でも、お釈迦様にも、過去の業で病気など色々あったんですから、不完全なところもあったでしょう。だからもう、誰だって障碍者だと思った方が楽ですよ。障碍の程度や種類はバラバラ。足が動かない人はいるし、手が動かない人がいるし、目が働かない人、耳がダメな人もいる。外観ではわからないけど真っ直ぐ歩けない人もいます。障碍の種類は沢山あるんです。だからそれはそんなに気にする必要はありません。「みーんな障碍者だ!」と思ったほうが楽だと思いますよ。それで自分に出来ることだけやる。出来ない事に手を出す必要はありません。ハッキリと「これは出来ません」とね。逆に、それまでは出来なかったけど、やってみたら出来るかもと思ってやるのは構いませんよ。それで上手く行かなかったとしてもどうってことはないし。何とか頑張って上手く行ったら、ちょっと能力が上がったことになります。アメリカとかはすぐ薬を使ってしまいますね。副作用の小さいものなら飲んでも構わないとは思います。
    それと、歩く瞑想と慈悲の瞑想ぐらいはやってみてください。薬はやっぱり薬で、認識機能に影響を与えますから、意識が濁るというか、霧の中で歩くような感じになるんですが、霧の中ででも歩いて目的に達すれば、それに越したことはないですし。
    社会的な責任云々ということはあまり気にすることはありません。誰だって出来る範囲で社会的責任を果たしているだけですから。完璧に社会的責任を果たしている人はいないんですからね。そんなに気にする必要はありません。出来る範囲で頑張ってください。


■出典    『それならブッダにきいてみよう: こころ編4』
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