アルボムッレ・スマナサーラ

【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「癌の転移と向き合う」です。

[Q]

    三年ほど癌の治療を続けてきましたが、脳に転移した可能性があるので改めて精密検査をすることになりました。現れている症状を考えるとそうだろうと思います。ここで暗くなってしまうと業の思うツボということで、慈悲の心を育てたり、ヴィパッサナー実践をして、最期を目指して明るい気持ちで過ごせばよろしいでしょうか。長老に喝を入れて欲しくて相談させていただきました。


[A]

■治療は医者に任せてしっかり自己観察を

    失礼なことを言ってしまうかもしれませんが許してください。誰でも死ぬんですから。あなたは死についての最新データをいただいているんですね。「『ひとの命は短いものだ』と智者たちは説く(Appañhidaṃ jīvitamāhu dhīrā)」とは、スッタニパータの「洞窟についての八つの経(Guhaṭṭhaka Sutta)」にある文章ですが、仏教ではこれをすごくポジティブに捉えるんです。「短くて良かった。だから下らないことなんかしていないで、さっさと自己観察しなくちゃいけない」と。だからあなたにも下らないことをやっている暇なんてありません。
    身体は地球から借りた物質だと思って下さい。残りのレンタル期間中に、その身体の変化によってあなたはとても気持ち悪くなったり……脳に転移するとどうなるのか私にはわかりませんが、楽しいことは起きないでしょう。困難ばかりが次から次へと起こるでしょうね。だから、そういう物質的な変化といった状況を観察しながら、慈悲の瞑想とヴィパッサナー瞑想をしてください。重症化して何も考えられなくなる前に「悟りに達してやろう!    一切の執着を捨てるぞ!」という気持ちで。これは、すごくいいチャンスなんです。嫌でも今、身体に対する執着を捨てなくちゃいけないんですから。
    肉体は私たちに酷い仕打ちをします。全然仲間じゃないんですね。むしろ敵。あなたの細胞は、今あなたを殺そうとしているんです。執着を捨てることで解脱に達しますから、しっかり観察してください。治療はお医者さんに任せましょう。

■身体が壊れる前に解脱に達するように

    私はスリランカの優秀なジャーナリストの動画をよく見ていたんですが、ある日突然配信がなくなって、久しぶりに現れたらすごく痩せてしまっていて、どうやら白血病だということでした。スリランカには骨髄バンクは無いし、コロナ禍もあって治療が進まず、結局手遅れになってしまったようです。彼はジャーナリストなので、病状についてきちんと知りたいと医師に訊いたところ「あと一週間保たないかも」と、余命宣告をされたのです。それを聞いたことで、彼は「ものすごく楽になりました」と言ったんです。「お母さんが言ったことを全部思い出しました。物に執着するなよ」「人は誰だって死にますよ」とかね。だから、そろそろ死ぬということを知ってすごく楽だと。色々な治療方法を試したそうです。身体中に針を刺して輸血したり、プラスマ(血漿)を入れたり、でも大変苦しかったと……。今はほとんどやっていないので気楽にいるそうです。毎晩、「ああ、今日、死ねばいい」という気持ちで眠りに入るのだと。これはすごく仏教的な思考です。悩むことも何もなくて、とても気楽にいる。だから、彼が瀕死の状態なのに動画に出るのは、無執着、物を捨てることを皆理解してくださいというメッセージを出すためだったんです。テーマは、Just one dayなんです。Just one day--彼には一日しかないんです。でも明るく語っていて面白かったんですよ。
    「有名で能力もあるあなたが、今はどう思っていますか?」と問われて「私のお願いはたった一つ。私のことは忘れてください」それだけ。「私より素晴らしい人はたくさんいますから、Just forget me」と。執着をきれいに捨てている状態だったんですね。決して暗く落ち込む話ではないと思います。ヴィパッサナー瞑想をして、とにかく、身体が壊れる前に、解脱に達するんだという気持ちで頑張って下さい。 



■出典    『それならブッダにきいてみよう: ライフハック編2』
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