アルボムッレ・スマナサーラ

【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日は「他人の欠点ばかり気になる。冷静にいるにはどうすればいいのか」という質問にスマナサーラ長老が答えます。


[Q]

    他人の悪いところばかりが見えてしまって、自分で自分の心を汚している気がします。人の欠点を見ても、心を汚さず冷静にいるにはどうすればいいでしょう?

[A]

■「自分は完璧ではない」と認めること

    他人の欠点ばかり見えるのは頭が悪い証拠です。根底に「自分が正しい」という前提があるからです。自分が正しいと思う事はとても危険です。極限の邪見ですね。それに陥っているから他人の欠点は簡単に見えるのです。逆に言えば、世間のゴミを拾っては自分の中に入れる、という事をわざわざしているのです。その時点で極限的な苦しみを味わっているはずです。
    人格者は「自分は取るに足らない、欠点だらけの人間だ」という事実を認めます。それから「あの人にはこんな善いところがある」と他人の長所を見つけるのです。人は不完全な存在です。完全な善人も悪人もいません。他人の善いところが見える人には人生は楽しいです。社会が悪いと敬遠する人でも、他人の善いところを見出す人に会うと気分がいいものです。他人の長所を見る人に対しては悪人も危害を加えないのです。
    他人の悪いところを見ると気分が悪くなりますし、人間関係もギクシャクします。なので、他人の善いところしか見ないように敢えて心がけてください。そうやって努力する人の人生は幸福になります。悪いところは誰にでも簡単に見えます。善いところを見ようとするならば、それなりの努力も、落ち着きも、やさしさも必要であると理解しておきましょう。さらに自分の人格が向上し、自分自身も善人になり、結果的に幸福と安らぎを感じる人間になることも明確です。
    具体的なやり方の最初のステップだけ紹介します。「自分は完璧ではない」と認めることです。自分の言葉と判断能力は間違っているかもしれないし、行為もまた正しくないかもしれない。自分は決して完璧ではないんだ、と認めればやるべき事は自然と身につきますので心配しないでください。


■出典    『それならブッダにきいてみよう:こころ編1』

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