中村圭志(宗教研究者、翻訳家、昭和女子大学・上智大学非常勤講師)

ジャンルを問わず多くの人の心に刺さる作品には、普遍的なテーマが横たわっているものです。宗教学者であり、鋭い文化批評でも知られる中村圭志先生は、2023年に公開された是枝裕和監督・坂元裕二脚本の映画『怪物』に着目。カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したこの話題作の背後に「宗教学的な構造」を発見し、すっかりハマってしまったそうです。大学の講義で学生たちも驚いた独自の読み解きを、『WEBサンガジャパン』にて連載。第五章は、LGBTQをキーワードに宗教論が展開されます。

第五章    『怪物』の背景    差別の歴史と宗教の両義性[5/5]


■欧米における同性愛の劇的な受容

    宗教と道徳に関する研究者であるハンノ・ザウアーは、二〇世紀後半の半世紀ほどで同性愛のライフスタイルが急激に欧米社会に受容されるようになった一番の理由は、同性愛が「水平」的に分布していることだとしています(『MORAL    善悪と道徳の人類史』)。
「水平的」の反対は「垂直的」で、これは遺伝を通じた縦の流れとして分布することを意味します。たとえば「肌の色」などのいわゆる人種的構成要素は、親から子に縦に分布していく。だから縦の系列まるごと差別の対象になるし、系譜の異なる人間は安心して差別側に立つことができる。
    しかし、同性愛は、どんな社会の部分、系譜においても出現します。人種や民族や文化と関係ないし、右翼の家にも左翼の家にも出現します。親が宗教的信条から差別意識をもっていても、その子がそれである確率が常にある。これが「水平的」です。
    で、西欧において有名人が続々とカミングアウトしたおかげで、そうした水平分布が見え見えになってしまった。もはや「そのようなものは存在しない」とか「特殊な文化だ」と主張するわけにはいかなくなった。欧米社会における同性愛の扱いの急激な変化はこういういきさつによるのであると。
    そういう意味で、表現の抑制を美徳とする日本よりも、公然たる主張をよしとする西洋文化が、この場合には効果的であったということです。