アルボムッレ・スマナサーラ

【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「不幸が重なり心が折れそうになったときの対処法」です。


[Q]

    人生の中で重い苦しみが来ることがあります。なるべく明るく、自分なりの楽しみを見つけてやっていこうかと思ったら、さらにそれ以上の苦しみがやってくる……。乗り越えかけた時に、さらに苦しみが来ると「何の因縁なのだろう?」と心が折れかけてしまいます。それでも明るく生きようと思う反面、不安感もつきまといます。どのように受けとめればいいのでしょうか?

[A]

■「人生は道場だ、修行だ」と思うこと
 
    因縁のことは放っておいていいでしょう。忘れて下さい。どうでもいいんです。問題は目の前にあるのだからそちらに対応しないといけません。「問題を乗り越えて幸せになるぞ」という期待も無い方がいいのです。対処しなくちゃいけないからやりますと、それだけ。
    例えば家族が病気になったら看病しないといけません。仕事を辞める羽目になることもあるでしょう。しかし結局家族は死んでしまった。事態は乗り越えたものの自分には何も残っていない…。そこで、不幸になったと思うかもしれません。ですから、問題を解決する=幸せになる、ということが人生においては成り立たないのです。とにかく立ち向かうしかない。自分ひとりでいくら頑張っても周りの人に問題があったら問題は消えません。
    幸せになろうと頑張っても結果が出ないなら、他のところに問題があるのです。今度はその問題を解決するようにしないといけません。時々、プログラムが狂っている人がいます。借金する人々はものすごく気をつけたほうがいいですね。そこまで人生が堕ちてしまうと、金の使い方、考え方、生き方に大きな問題があるはずです。自分が頑張っているのに、とんでもないことが起こる場合は周りも調べた方がいい。見つからなかったら忘れるしかありません。因縁がどうであれ、厳しい現状に立ち向かうしかないのです。
 「人生は道場だ、修行だ」と思うしかないですね。問題を解決するのではなく、立ち向かうことです。立ち向かって結果がどうなるかわからない。日々、退屈せずに生きていられれば充分じゃないでしょうか?
    次から次に問題が起こる人も「私の人生、退屈していられません」と思えば、脳が開発されて明るくなるんです。


■出典    『それならブッダにきいてみよう:こころ編1』

こころ編1.jpg 155.09 KB