【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】
皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「本当の友達とは?」です。
[Q]
友達に嫌なことをされた時に、関係を壊したくなくて平気なフリをしてしまいます。後になって「やっぱり嫌だったな」と思い出して気持ちが落ち込んだりします。友達にはどういうタイミングで、どのように言えば嫌なことを止めてもらえるかわかりません。教えてください。
[A]
■友達が大事なのは 相手が〝本当に〟友達である時
はい、タイミングはありません。タイミングはありませんと言ったのは、いつ言ってもいいということです。友達ってなんでしょうか? あなたはその友達に、「あなたは友達だと思っているから、わたしが嫌がることはしないで。もしわたしがあなたに嫌なことをしたら教えて」とハッキリと言ってください。友達とはそういうものです。あなたは、自分に嫌なことをする友達が自分勝手なままで、相手の気持ちを気にしないなら、さよならと告げてください。そういう人は敵であって友達ではありません。人間は、自分がしっかりと努力して頑張っているなら、そんな嫌なことをしてくる友達など要りません。
友達が大事だというのは〝それが友達であるなら〟の話です。友達同士なら互いの我儘を言い合ったりはしますが、それは気持ち良い程度で終わるのです。「もう、本当にワガママなんだから〜、じゃあやってあげるよ」という程度なら楽しいのです。互いに害がない程度ですね。むしろ互いに心配し合わないなら友達ではありません。あなたは勇気を持ってそれを理解してください。相手が自分のことだけ考えて、自分の利益ばかりを主張して来るなら、友達ではなくただの悪人です。吸血鬼ですね。そんな相手なら早く別れてください。別に独りでもいいのですから。
友達関係で互いに損害があってはならないのです。良い関係であるなら、ある程度まで相手に献身的にすることもあるけれど、自分が困った時には助けてもらう。相互関係であることで友達としての関係も成り立つのです。とにかく、親子であろうが、夫婦であろうが、兄弟であろうが、どんな関係であっても、相手の自由を奪う、相手に迷惑をかけたい放題かける、互いに心配しない、どちらか一方が相手に損害を与える、相手の気持ちを無視して嫌なことをするなら、それは悪いことです。
■他人の幸福のために自分が不幸になってはいけない
家族関係でもよくありますが、子供が親に迷惑ばかりかけるので親には全く安らぎがない。それは親子関係ではありません。そういう子供は十八歳になるまでは、親の義務として食べさせてあげて、十八歳になったら蹴っ飛ばして家から追い出すしかないのです。もし子供が親のことを心配して尊敬するなら、何歳になっても親子関係があった方が有り難いのです。息子が六十歳でお父さんは九十歳とかでも構いません。しかし、子供が、家の金を浪費する、暴力を振るう、怒鳴り散らすなど、親に一方的に迷惑をかけるだけなら、法的な成人までは面倒をみて、その後は出て行けと言うしかありません。
そういうことで、あなたは自分の気持ちを少し力強く持たなくてはいけません。私たちは人の幸せを願います。しかし、同時に私が不幸になって欲しいとは願っていません。人の幸せのために自分が不幸のどん底に陥っているなら、それは正しい人間関係ではありません。憶えておいてください。ですから友達であるなら、あなたは勇気を持って、嫌なことをされた時に「これは嫌だからやめて」とすぐに言ってください。タイミングはありません。相手に言う勇気を持ってください。互いに誤解があったらならば、そこで話し合えば友達として理解し合えるでしょう。以上です。
■出典 『それならブッダにきいてみよう: 人間関係編2』
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