松本紹圭(僧侶)
アルボムッレ・スマナサーラ(テーラワーダ仏教長老)
松本紹圭氏がホストを務めるポッドキャスト番組「テンプルモーニングラジオ」で、2025年に実現したアルボムッレ・スマナサーラ長老との対談を記事化。サンガジャパン編集部も収録に同席し、音声で届けられた対話を写真とともに再構成しました。普段は音声でしか触れられない番組の対話を、記事と写真でお届けします。
第4回 「感じる」から世界は始まる
■存在とは「認識されている」ということ
松本 積もったゴミの中から宝を見出し、それを人々に伝えていく――それが僧侶の務めであり、科学者の務めでもあると。スマナサーラ長老は科学を含む多様な領域に関心を広げ、探求を続けていらっしゃると思います。量子力学のような先端科学なども学ばれる中で、どのようなことを感じていらっしゃいますか? 仏教と科学はここがつながっているのではないか、と感じられる部分はありますか? 私の海外の友人に、量子コンピューティングを研究している人がいるのですが、彼は龍樹(ナーガールジュナ)の縁起や空の思想、関係的存在(インタービーイング)という仏教の勉強をすることで、量子力学への理解がより深まったと語っていました。科学者が、サイエンスをより深く理解するために仏教を参照するという現象は、実は少なくないようです。とても興味深いことだと思っています。
松本紹圭師
スマナサーラ それはまあ普通のことですけどね。仏教の物理学は量子力学より遥かに進んでいるのです。
ものが存在するかしないかというのを、どうやって我々は知るのか。「ものが存在する」、と知るのは、あなたがそれを認識するからでしょ。認識しなかったら存在するかどうかさっぱりわかりません。存在するということは、「人がものを認識している」ということです。「人間の認識とは無関係に、ものは存在する」というのは、科学的なフレーズじゃないんです。どう頑張ってもその証拠は出ませんから。たとえ研究者が機械を使ってデータを集めたとしても、それをやったのはあなたでしょう、と(笑)。
観察者(observer)がいて、ものがある。相互関係なのです。だからこの世の中では何よりも「自分の存在」が大事なファクターです。自分の存在があるからこそ、ものがある。だから、私の気分次第でこの世界は変わっちゃうんです。

![松本紹圭×アルボムッレ・スマナサーラ「人間に生まれる奇跡〜限られた一生で、心はどこまで開けるのか〜」〔テンプルモーニングラジオ対談〕[4/5]](https://image.osiro.it/pass/main_images/567394/images/original/4.jpg?1775012299)

