池谷 啓(編集者)
後篇「村上光照老師の説法」
◉禅との出会い 碧巌録との出会い
おやじは戦死して、ぼくは母ひとりで育てられた。とことん金がなかった。
大学では、山岳部に入って剛力のアルバイトをよくやったよ。着るものといったって学生服しかない。その学生服のまま重い荷物を担いで、よく山に登ったもんだ。おかげで体が鍛えられたよ。
大学では物理学を専攻した。学問として物理学は、とてもおもしろいものだった。時間を忘れて打ち込んだ。
でも、「ほんとうの生き方ってなんだろう」。そのことをずっと求めていた。
世渡りのこと、身過ぎ世過ぎのことなど、一度も考えたことはなかった。
坐禅に出会ったのは、名古屋大学二年の時だった。
ある日、坐禅していると、心境がスーっと澄んでね。まことに静かな世界になった。
あらゆる生きものの苦しみや痛みが、わがごとのように感じられたんだ。なんというか、まるで〝いのち〟が滲み出てくるように。
それから、禅語録の『碧巌録』を読みはじめた。この書物は、禅語録のなかでも難解なことで有名だ。先輩たちは、いくら読んだって分からないよと言う。
ところが、読み出したらこれが、おもしろい、おもしろい。手にとるようにわかりだしたんだ。
「なるほど。禅とはこういうものか」
すこし悟ったような気分になったものだ。
〇澤木老師に出会う
ところが、のちにある僧院で澤木興道老師に会うと、そんなものは
──小悟の世界──
ということを知った。ほんものの悟りとは、そんなものじゃあない。
ほんものの悟りとは、如来の光が宿って、そのはたらきでものが考えられ、自然と体が動かされる。いわば、池の水が澄みきってすべてを映すようなものだ。
そのことは、まさに道元禅師が教えられたことだ。そのことを、澤木老師によって知ったのだ。
「この師に接して、ほんとうの仏道を、とことん究めたい」
当時、澤木老師は京都で接心(坐禅会)をされていた。そこで老師のおられる京都に行こうと思い、名古屋大学から京都大学の大学院に行った。
大学院では、中間子論でノーベル賞を受賞された湯川秀樹博士のもとで素粒子論を学んだ。世界一の研究者のもとで学べることは最高の喜びだった。でもいつも
「学問はいつでもできる。まずもって生死の問題をあきらめねばいけない」
と思っていた。だから、もう徹底して坐禅一筋だった。
澤木老師の行くところ、どこにもついていったよ。
苦しいも眠いも痛いもない。ひたすら坐禅に打ち込んだよ。
〇どこに行ってもそこが道場になる
京都の大学院時代は、山奥の寺を借りて暮らしていた。そこで論文を書いて、悠々と坐禅するという暮らしをしていた。
食べ物といえば、玄米ご飯に大根の葉っぱがおかずだ。
たったそれだけだが、まったくからだの調子がいいんだ。
ほんまもんの食事は、からだが知っていて満足するんだなあ。いまでもぼくの食生活は、そんなものだ。
母親は、ぼくが大学の教授になることを期待していたけれども、ぼくは学生のまま出家生活に入ってしまったよ。
そんなことで出家してから、もう五十年を超えたかなあ。
九時に寝て二時に起きて坐禅する生活だ。
「一処不住」で、定住する寺などはない。
持ちものといえば、リュックひとつだ。いつもリュックを背負ってどこにでも出かけていく。
どこに行っても、そこが道場になる。
行ったところ行ったところ、どんなところでもありがたいんだ。
◉まことの道をほんとうに楽しんでひたりきる
ほんとうの自分を確立していないと、あの人がどうしたこうしたで、ふらふらする。
信仰とは、「ああして下さい、こうして下さい。お願いします」と自分の欲心で神仏にお願いすることじゃない。
まことの道をほんとうに楽しんでひたりきるのが、信仰なんだ。
たましいの喜び、たましいの楽を求めなくてはいかん。
仏法ってね、生まれもっている真実を求めるところにあるんだよ。
この自分を、このたましいを、この生死の問題をどうするんだ。
そこを究めていくことだ。
〇死んだら空っぽなの?
さあ、どうするんだ!
——このぎりぎりの問題、大疑団を解決しなくちゃいかん。
うまく世渡りして生きていこうったって、それがなんになる。
金があっても、地位が高くても、なんにもならん。
みんな真っ暗やみの無明の世界にいる。迷いから迷いへと輪廻しているんだ。
その輪廻を根本的に断ち切るのが、仏法なんだよ。
なんぼ知識をためようが、それは所詮は「分別智」の世界なんだ。
ほんとうの智慧からみたら、まったくなんの役にも立たない。
仏さんはね、自分一人のために法を説いて下さっているんだ。
仏さんに守られて、導かれて、やっと自分はここに存在するってことだ。
でも、みんな外ばかりみているから、後ろから押してくれている仏さんの手に気がつかないんだなぁ。
◉妙法蓮華経に照らされる
きょうは、「南無妙法蓮華経」について話そうと思うとる。
「南無」とは、仏さんの力に全部おまかせして、一生を預けきってゆくことをいうんだ。
自分を仏さんにぜんぶ差し上げてしまうということ。
そうすると、仏さんのほうから、自分を通して働いてくださるんだよ。
「蓮華」とは、純白の中の純白の光明。
穢れのない、己れのない、澄みきった世界……。
一筋に自分をむなしくして、仏さんにゆだねきった世界のことをいう。
大悟とは、心が澄みきって己れがなくって、仏さんのほうから照らしていただくことをいう。
自分の愚かしさ、人間世界の愚かしさに気づかせていただく。己れの力ではないということを、はっきりと受けとらせてもらう。
その途端に、ぐぐっと大安心の世界に入るんだ。
すると、大悟徹底して過去世、現在世、未来世の三際をいっぺんに断ち切る、つまり輪廻を断ち切ることになる。
「一超直入如来智」
といってね、凡夫のままに、いっぺんに仏さんの位に飛び込むよ。
そういう坐禅が、妙法蓮華なんだよ。
そうなると、妙法蓮華を軸にして、すべてが回転していく。「法華転法華」だ。
そういう生活の筋道、真理の道行きを「経」という。
こういう世界を道元禅師さまは、お伝えになったんだ。
仏法は、自分をみることに尽きるよ。
人を責めたりする暇なんてない。自分をよくみたら、むさぼる、腹たてるという煩悩ばかり。自分みたいなつまらん者に、いったいなにかできるかってことに、やっと気づく。
自分が人を助けるんじゃない、助けさせて頂けるんだ。
「ああ、ありがたい……」。
そうして、「南無妙法蓮華経」とおもわず口に出るのが、ほんとうの南無だよ。
どうしようもない自分が妙法蓮華経さまに照らされ、生かされ、なにかさせて頂ける。それが、南無妙法蓮華経ということなんだね。
◉どこにおろうが、そこが安楽国となる
「学道の人は最も貧なるべし」
と、道元禅師は言われた。ものをたっぷりもって、ゆっくり設備を整えて、それから坐禅でもしましょうか。そんなものじゃあない。
人間はおもしろいね。ものをもつほどに腐ってくる。ものがなければないほど、ぎゅーっと引き絞られて光り輝くよ。
村の中に 森の中に
はた海に
はた陸に
阿羅漢 住みとどまらんに
なべてみな 楽土なり
(法句経 友松円諦訳)
与えられたところが、すべて道場。
どこにおろうが、そこが安楽国となる。随所に主となる。
ほめられもせず
苦にもされず
そういうものにわたしはなりたい
(宮沢賢治)
ほめられもしない、苦にもされないデクノボーでいいんだ。
自分は一切ないのが、本来の坊さんのありようだよ。食った食わんじゃというのは、世間のこと。布施を頂くのは、仏さんに頂いて、仏さんのために使わせて頂く。衆生のために、坐禅の体を支えるためだけに頂く。
そういう心になれば、なべてみな楽土となるんだ。
宗教の時間(https://www.youtube.com/watch?v=PcKPEqUnWco)
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※写真提供:池谷啓
前編「村上光照老師との出会い」
『DAIJOBU─ダイジョウブ─』
村上光照老師の晩年の7年間を記録した映画『DAIJOBU―ダイジョウブ―』が9月9日より公開中です。村上老師とともに描かれるのは、撮影当時はまだ現役のヤクザの親分で、ヤクザと人権問題をテーマとして話題となった2015年の映画『ヤクザと憲法』に出演した川口和秀氏。二人の出会いとその後が描かれたドキュメンタリーです。
【公式ホームページ】
http://daijobu-movie.net/
出演:村上光照、川口和秀
プロデューサー:石川和弘
監督・撮影・編集:木村衞
サウンドトラック:笹久保伸
エンディングテーマ曲:細野晴臣「恋は桃色」
ナレーション:窪塚洋介
【劇場情報】
●新宿K'Sシネマ
2023年9月9日(土)~
https://www.ks-cinema.com/
★DAIJOBU-ダイジョウブ- 初日・初回上映限定・トークイベント決定!
DAIJOBU-ダイジョウブ-の世界を知り尽くす小島基成(宣伝プロデューサー)と木村衛監督が、 製作秘話や映画を通して伝えたかったメッセージなどをご紹介します。
●大阪 第七藝術劇場
2023年10月7日(土)~
http://www.nanagei.com/
●アップリンク吉祥寺
10月公開
https://joji.uplink.co.jp/
●横浜 シネマ・ジャック&ベティ
2023年10月21日(土)~
https://www.jackandbetty.net/
●名古屋 シネマスコーレ
近日公開
http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/