芸術家・表現者の心がまえ

アルボムッレ・スマナサーラ

【スマナサーラ長老に聞いてみよう！】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「芸術家・表現者の心がまえ」です。

[Q]

    ピアノを習っています。普段、人前でしゃべる時は緊張しないのですが、人前でピアノを弾く時には、ものすごく震えます。それは、人から見られていると意識している、いわゆる「慢」なのかなと思います。上手く弾きたいとか、かっこよく見せたいと意識するせいだと分析はしたのですが、だからと言って緊張はなくなりません。どうしたら緊張しないようになりますか？
 

[A]

■楽しく遊んでみる

    それは、当然「慢」（煩悩の一つ。他人と比べて思い上がること）です。慢心が割り込んでくると物事は大失敗することになります。ですから、人に見られているという意識を無視することです。ただ私とピアノだけ……そういう感じです。演奏はあなたとピアノとの世界です。観客は関係ありません。あなたの体とピアノという楽器がどれぐらい調和しているのか、そこが大事なところです。大事なピアノと仲良くして愉快に楽しく遊ぶという感じで演奏してみてください。例えば、演奏の前に観客に挨拶する時でも、お辞儀をしつつ大事なピアノに対して「今日もよろしく」と思って皆のことは気にしないでください。ピアノを弾くことに集中する。あなたとピアノとの二人の遊びですから、他は一切関係ありません。

■「感動させよう」は余計な傲慢

    特に音楽や芸術の世界では「相手を喜ばせる」「感動させる」という余計な傲慢な気持ちを起こしてしまいがちです。例えば、あなたが演奏で私を泣かせよう・感動させようとしていると知ったら、逆に腹が立って泣きませんよ。そうではなく、あなたは演奏でストーリーを奏でて、自分自身が感動して悲しい気持ちになってくると、それを聞いている私もつられて同じような悲しい気持ちになってくるのです。
    ですから、芸術家は必ず自分自身で表現の世界を作らなくてはいけません。人を感動させるとか偉そうになる必要はありません。そんな立場でもありません。芸術家はスランプに陥って、ストレスがかかって麻薬などにまで手を出してしまう場合もあります。それは、表現に関するちょっとした勘違い・間違いからストレスが大きくなっていくのです。そうではなく、あなたは自分自身で演奏や表現することを楽しまなければいけません。
    その世界に自分自身が入って、好きに演出すればいいのです。周りで見ている人々・観客は、勝手につられて勝手に喜ぶのです。それでいいでしょう。

■芸術家の修行とは

    一流のアーティストは自分の世界で完成作品を作りたいのです。いつでも自分をチェックしていて、観客のことは気にもしません。ですから素顔はとても神経質で、舞台では歌って踊っている人が、人に会ってもしゃべることすらできなかったりします。まるで秒単位でひとつひとつの作品を作っているようです。本人の世界に入ったら神業のように巧みな作品をつくれるのです。
    人に好かれることやヒット作があることをやけに気にする人もいますが、芸術作品の価値と人気は関係無い、別物であると思わなくてはいけません。人気が欲しかったら一般人の機嫌を取るくだらないことでもすればよいのです。なんなら騙してもかまいません。でも、そんな情けないことはしないで、芸術家には立派な人格者でもあって欲しいと思います。「完成」に近い作品をつくって欲しいのです。それは芸術家ひとりひとりの修行です。人々は謙虚に修行したことの結果に必ず惹かれるのです。

■ゲームに夢中な子供のように

    あなたの場合はピアノという楽しく遊ぶおもちゃがあって、そのピアノと調和して演奏することは、例えば、子供がゲームに夢中になっているような感じです。ゲームをやっている子供は自分の世界にいるでしょう。その上、わざわざリビングに来てやる。リビングでは料理をしたり、掃除をしたり、兄弟が宿題をしたりしているのに。自分の部屋でやりなさいといってもそれはしたくないのです。ゲームに夢中で親の言うことも聞いていない。宿題をやりなさいと言っても全然聞きません。掃除するのに邪魔だと言ってもなかなかどかない。演奏家もそういうような態度が必要なのです。子供が自分の部屋でゲームをやるべきところ、わざわざリビングに来る。それを同じように、あなたは舞台の上でゲームをやっているような感じですね。場所が変わっただけです。
    演奏の場合、観客は楽しくなりたいだけです。ですから、勝手に楽しめばいいのです。観客が楽しむかどうかは観客の勝手であって、演者にはどうすることもできません。



■出典       『それならブッダにきいてみよう：こころ編２」