アルボムッレ・スマナサーラ

【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「本音を話すのは危険?」です。

[Q]

    嘘はだめですが、何でもかんでも本音で話すのは危険ではないでしょうか?
    先日、父が新鮮なエビの寿司を安く購入してきて、食卓に並べ「新鮮なエビの寿司が安く買えたぞ。うれしいだろ」と言ってきました。その時私は、「勝手に自身の命に対して安い値段をつけられたエビが気の毒だな」と思い、つい「このエビはどう思うだろうか」「私がエビならつらいな」と本音を話してしまいました。すると「お前のために買ってきてやったのに!」や「頭がおかしい」と、異常者扱いされ悲しい思いをしました。嘘はだめですが、何でも本音で話すのも危険ではないでしょうか?
    この件から、意見に賛成できない時は、嘘も本音も言わず「なるほどー」や「ふーん」といった、肯定も否定もしない返事がいいのではないかと思っているのですがいかがでしょうか?


[A]

■素直に話してもいいんじゃない?

    処世術として「ああ、そうね」といった、曖昧な言葉を言った方が良い場合もありますが、気の知れた親子の間なら、率直に言ってもいいんじゃないでしょうか。お父さんも「お前のために買った」と、正直に言ってくれたわけですし。目下の子供の発言でも、何回も繰り返して言えば親は聞いてくれますよ。ただ、その場合は子供も立派なことを言わなくてはいけないのです。
    以前、YouTubeで見たのですが、メキシコかどこかの小さい男の子にお母さんが料理を作ると、この子は食べるのを断るのです。「卵はどうやって作るの?」と訊いたら、お母さんは「ニワトリさんの子供だよ」と答える。そうすると「これは命だよね」生命をいじめてまで食べたくないと。そしてこれはどう?    これってどうやってできるの?    とずーっと訊くのです。説明したら「あ、それもanimal(生命)だね」と、「命に危害を与えたものは食べたくはない」と言うのでお母さんは泣いてしまったのです。いかにこの子が優しいか、ということで。それじゃ頑張ってanimalでないものを使って工夫して作りましょう、ということになりました。
    ちっちゃい時はよく、他の生命と同一の気持ちが生まれるのです。「これって自分の命と同じだ」と感じるのです。感じても言えない子もいるし、言えても親に怒られるから、嫌々食べてしまうのです。この子は表現力があったから、母親がすぐ心を理解できました。さらに世界に発表したのは、他の人々もこの動画から学んでくださいということです。ですからあなたも「安く買われたエビはかわいそうだ」と口に出しても、別に良いと思いますよ。

 

■出典    『それならブッダにきいてみよう: 人間関係編2』
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