越川房子(早稲田大学文学部教授、マインドフルネス学会副理事長)
井上ウィマラ(仏教瞑想研究者、マインドフルライフ研究所オフィス・らくだ主宰、マインドフルネス・カレッジ学長)


日本にマインドフルネスを発信しその普及に大きな役割を果たしている日本マインドフルネス学会初代理事長(2013年9月~2023年3月)として活躍された越川房子先生と井上ウィマラ先生との対談です。各種瞑想法の効果からコロナ禍でのマインドフルネスの効果、またマインドフルネスの副反応やトラウマに対応する方法など、理論と実践に取り組むお二人にマインドフルネスの現在地をご紹介いただきます。全7回の第1回。


第1回    マインドフルネス瞑想の効果と得意分野


■第1部:越川房子先生講義「瞑想の実践で大切なこと」

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(スライド1)
●TM瞑想→座禅→マインドフルネス

越川    早稲田大学の越川です。皆さまとのご縁をとても楽しみにしておりました。今日のテーマは「瞑想の実践で大切なこと」ということで、少しお話をさせていただきます。

    はじめに私の瞑想略歴です。最初は学部卒業後の頃でしたがTM瞑想(Transcendental Meditation:超越瞑想)でした。皆さまの中にも経験された方がいらっしゃるかもしれませんね。超越瞑想と呼ばれたりもしています。これで「瞑想ってけっこうおもしろいな」と思い、座禅にもはまりました。曹洞禅は永平寺で体験させていただきました。臨済禅は京都の妙心寺と、北鎌倉の円覚寺(居士林)です。妙心寺と円覚寺は宿泊して参禅させていただきました。早朝の光が差し込む中での座禅は、今も忘れることができません。そして大学院生の終盤、助手になる頃に私の恩師の一人、春木豊先生がマインドフルネス瞑想を国際会議で取り上げ、カバット-ジンを招待しました。その時に開催された瞑想のワークショップで、彼からマインドフルネス瞑想について教えてもらうとともに、著書と参考文献をアメリカから送って戴いたというご縁があり、その頃からマインドフルネス瞑想にも興味をもち始めました。
    ですから私は①TM瞑想②座禅③マインドフルネス瞑想の3つをこの順番に始め、現在は、それぞれ特徴があるので、日常の中でそれぞれを使いわけています。どれか今、これだけをやっていますということはありません。

●3つの瞑想それぞれがもたらす効果

    私にとってのそれぞれの瞑想の効果についてですが、TM瞑想はリラックス感が強いです。姿勢も気楽なリラックスした姿勢で行います。落ち着く感じ、安全安心な感じ、そういうタイプのゆったりした幸せ感みたいなものを非常に得やすい瞑想だと思います。疲れが溶ける感じもありますね。
    座禅は曹洞禅と臨済禅で、私にはちょっと違いがあると感じました。たまたま私が参禅したときにご指導くださった僧侶の方のお話からは、曹洞禅のほうがマインドフルネス瞑想に近いという印象でした。座禅で得られたことは「自覚」です。自分で生きることを自分で選んでいく感じとか、集中する力を養うのにとても効果があると思いました。
    マインドフルネス瞑想は、たとえば数息観のように何かに集中するという感じではなくて、瞬間瞬間に起こることを、ただただ見続ける、ジャスト・ルッキング(just looking)という感じです。そのことによって、いろいろな関係が非常に敏感に見えてくるようになります。好奇心でいっぱいになって、判断から離れて、ただ観察するのは、我々にとってストレス減少にすごく役立つという感じがしましたし、意図して、自分のフィルターをできるだけ通さずに、そこにあるがままを受け取るということを繰り返していると、イメージ的にはそういう脳の回路ができるというか、いろいろなことが起こる「成り立ち/関係」を見ると言ったらいいんですかね、私の中では「洞察」という言葉がいいのかなと思うのですが、それを得やすくなると思います。
    なかでも、世の中の様々な出来事は、何か1つのことではぜんぜん決まらない、いろいろなご縁でそこに立ち現れ、そして去っていくということがよくわかります。また、学生さんによく話すのですが、「自分というのが何であるかは、自分以外の人がいることで初めてわかる」。色でたとえれば、青色が青であることは、青以外の色がなければずっとわからないのですよね。自分が自分として存在するには、自分以外の人の存在が不可欠だということに、マインドフルネス瞑想でただ生じていることを見ていると、次第に気づかされていきます。そして、自分が大切ならば同じように他の人も大切。自分は他の人からできている。他の人も私からできている。こういう洞察がでてくると、すごく生きやすくなるんですね。なぜかというと、周りの人は、意見が異なることはあれど、みんな自分とつながっているんだと感じることが多くなっていくからです。ご縁があって、今ここに、同じように喜んだり、悲しんだりしながら、ともに生きている。そんなふうに見えてくると、意見の違いはあっても敵はおらず、ストレスがすごく減るかなと思いますね。

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(スライド2)
●瞑想の効果の研究が示す、マインドフルネス瞑想の得意分野

    ここまでの話は私にとっての個人的な瞑想の効果です。他方、心理学者として瞑想の効果研究をしていますので、実証科学の手続きで行われた効果研究からいくつかを紹介したいと思います。

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(スライド3)
    Khoury たちが行ったメタ分析結果があります。メタ分析というのは、瞑想の効果を査定した様々な研究をまとめて、偶然に得られた効果ではなく、本当に効果があるといえるのかを、数値で表現したものです。彼らの報告は分析対象が209の研究、データ数は12,000で、このぐらいの数になると疑り深い私もさすがに「いいね、ちょっと見てみようかな」という気持ちになります。
    この研究結果を見ると、マインドフルネスに基づく療法(以下MBT:Mindfulness-Based Therapy)の効果量、つまり、やらないときとやったときの違いがどのくらいあるのかに関して、介入前後の比較でHedge's g=0.55とあります。Hedge's gというのはその効果の程度を表す数値で、0よりも大きかったら効果があり、0.5くらいで中程度の効果、0.8を超えると「大きな効果があります」という印象です。0.5くらいあると臨床的にも意味のある効果とされることが多いです。マインドフルネス瞑想とか他の瞑想だけでなく、介入前後で比較した場合は、多くの心理療法の効果量は0を超えてきます。そしてスライド(スライド3)にあるように、MBTではウェイトリストコントロールとの比較でも中程度(0.53)の効果を維持しています。
「ウェイトリスト」のウェイトは「wait;待つ」です。たとえば10人ずつのグループがA・Bとあり、瞑想を教える人は1人。Aグループの10人が実施しているとき、もう片方のBグループの10人は、最初のグループが終わるまで待つことになります。そこで、最初のグループが終わったときと、まだ始めていないグループの間の差を見ることで、本当に効果があるのか検討するのです。同じ人のやる前とやった後の差ではなくて、瞑想をした人と、しなかった人という別なグループの間の差を検討しているわけです。ウェイトリストのいいところは、「マインドフルネス瞑想をやりたい」というモチベーション(やる気)は一緒の、異なる二つのグループを比較しても効果があった、といえる点です。通常は同じグループ内での前後の比較よりも、やったグループとやらなかったグループの比較のほうが効果量が小さくなる傾向にありますが、MBTについてはどちらも「中程度の効果がある」という結果が出ています。さらに、認知行動療法(CBT)あるいは薬物療法との比較ではあまり差がないことがわかります。この数値からは、認知行動療法でもいいし、薬物療法でもいいし、マインドフルネスでもいい、同じぐらい効果がありますよ、ということになります。
    この研究は「様々な心理的な問題に対してマインドフルネスに基づく療法は効果がある。なかでも、不安と抑うつおよびストレスの減少に効果が高い」と、まとめられています。

●瞑想初心者と瞑想熟達者では感情の扱い方が違う

    先ほどの研究結果は、マインドフルネスに基づく療法は認知行動療法とは差がないということを示していました。「効果」に関してはそうなのですが、ちょっと興味深いことがあるんです。テイラー(Taylor)たちは、初心者と瞑想の熟達者では、感情刺激を提示されたときの脳の反応の仕方に違いがあるということを見い出しています。

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(スライド4)
    マインドフルネスの初心者は、感情を喚起させるような刺激に触れたとき、感情を意図的に抑制できるのだけれど、それは内省を用いている可能性があります。つまり「考える」ということに関わる部位を使って、感情が大きくなるのを抑制しているらしいです。マインドフルネス瞑想をやっていても、初心者のうちは認知行動療法とある意味、効果機序が同じで、その感情的刺激に対して、「いや、こういうことだったんじゃないのか」とか「こう考えたほうがいいんじゃないか」とかいろいろ考えることで、その感情を落ち着かせようとしているのかもしれません。
    ところがマインドフルネス瞑想をはじめとする瞑想の熟達者は、まったく別の部位を使っているようです。感情を受け入れるために考えたりせず、それを行き過ぎさせていて、それにとらわれて/考え続けていないように思われます。
    ですから、瞑想に熟達してくると認知行動療法とは異なる引き出しを使って、自分の感情と巧みに付き合えるようになると考えられます。つまり、別な新しい引き出しを使えるようになるということです。こうした研究は、認知行動療法とマインドフルネス瞑想は、先ほどの論文にあったように効果としては同じといってよいけれども、脳の使い方は異なっているということを示しています。その対象によって使い分けられたらいいですよね。片方がうまくいかないときは別のほうを使うという感じです。しかも「考えを使う」ことと「考えを使わない」というのは、ある意味、相補的方法ということになります。ですので、認知行動療法だけとかマインドフルネス瞑想だけというのではなく、両方をその時々で使い分けるとより巧みにストレスに対応できると考えます。

●瞑想が脳に与える作用

    脳の研究でマインドフルネスの効果が視覚化されたということが、マインドフルネスが注目された大きな要因の一つになっています。私もすごく興味深く感じていますが、京都で国際会議があったときでしたか、アメリカの脳科学者が、「瞑想だけでなく様々なことに対してそうなんだけど」と前置きしながら、「今の脳科学の現状からすると、脳科学のデータだけで効果があるとか効果がないとか言うのは、まだリスクが高い」というような言い方をしていました。そこで私も効果研究を紹介する際には脳科学のデータだけでなく、必ず心理的な査定実験についても合わせて報告するようにしています。
    これはハーバード大学医学部の神経科学者サラ・ラザー博士(Sara Lazar)が、瞑想、とくにマインドフルネス瞑想が脳の構造を変えることを報告した初期の研究です(スライド5)。おもしろいと思うのは瞑想の熟達者では、島(とう)と、背内側(はいないそく)の前頭前野の灰白質の厚みが、瞑想をしていない対照群よりも増していることですね。つまり、「マインドフルネス瞑想で脳の構造も変化しうる」ということを示しています。

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(スライド5)
    島(とう)というのは情動とか共感とか自己意識などの高次機能に関わる部位で、背内側の前頭前野は、他人の気持ちを思いやる機能に関わる部位です。そこで、瞑想がこうしたことによい効果を与える可能性をもつことが注目され、マインドフルネス瞑想をはじめとして、瞑想全般に興味関心が高まったということがあります。
    右側の図は、瞑想を継続している人たちを青い丸で、同じ年代の瞑想をしていない人たちを赤い丸で表わしています。縦軸が皮質の厚さで横軸は年齢ですが、どの年齢のところを見ても、なんとなく青い丸が赤い丸より上のほうにあります。つまり瞑想を継続している人たちのほうが皮質が厚く、それと関係する機能が優れているんじゃないかということなのですね。とはいえ、「ああ、そうなのか」と思いつつも、「でも、逆ということはないの?」という疑問がわきますよね。つまり、もともとその部分の皮質の厚い人が瞑想を続けられる人かもしれないという可能性です。この部位が厚いと瞑想を好みやすく継続しやすいということがあるかもしれないのです。ですので、なかなか、こういう横断的なタイプの研究から「ああ、瞑想ってすごいな」とは、ならないのです。同じ人をずっと長い間追跡する縦断的研究ですと、瞑想実践を続けていくことで次第に変化することが主張しやすくなるのですが……。

●マインドフルネス瞑想の効果検証の実態

    では、どういう研究だと「あ、なるほど、すごいね」と思うかというと、こういうタイプの研究です。

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(スライド6)
    ヘルツェル(Hölzel)たちの2010年の研究(スライド6)では、カバット-ジンが開発した8週間のMBSRプログラムの前後で脳画像を比較検討しています。その人が経験をした後に、経験する前と比較して変化があり、そしてそれが数多くの人に共通して見られたとなると、MBSRや瞑想の効果に対する信頼性が高くなっていきます。
    この研究では実際、MBSRプログラムの参加前後で比較したら、右の扁桃体の基底外側部の厚みが減少している人ほど、自覚的ストレスコアが減少したということがわかっています。また、学習、記憶、感情調整や、自己言及(自己モニター)やどのような視点に立つかに関わる領域で、灰白質の密度が増していたことも報告されており、これらの機能がMBSRプログラムによって改善したことが示唆されています。そして、彼らの2011年の研究では、マインドフルネス瞑想をしている人に、左海馬の灰白質の厚みの増大が認められています。抗うつ剤の投与でも、この部位における灰白質の厚みの増大が見られますので、瞑想が薬物と同じような効果をもつ可能性が示唆されているといえます。これらの研究が示すように、マインドフルネス瞑想が脳の構造と機能を改善する可能性があることから、マインドフルネス瞑想は大きな関心を集めるようになっていったわけです。
    けれども、この後、副反応のところでお話ししますが、どんな心理療法も最初の頃は効果が強調されるのですが、時間経過とともに、「もしかしていいことだけではないかもしれない。副作用もあるかもしれない」となりがちです。でも副作用が明らかになることで、負の側面をあまり経験しないで済むような手続きが開発され、より効果を確実にしていくことにつながりますので、こうした研究はとても大切なものです。
    最近のマインドフルネス関係の研究をみると、初期の頃に「そんな効果があるのですね」と注目された研究の結果が、どのくらい再現性があるものなのかに興味がもたれてきています。何回追試が繰り返されても、毎回同様の効果が得られる、「確実な効果」だと言ってよい効果とはどのようなものなのか。確かに報告された効果があるかもしれないけれども、別の実験者が別の対象者に、同じ手続きで実験を繰り返すと、先行研究と同じ効果がえられないということが、マインドフルネスに限らず、さまざまな研究領域で散見されます。また先ほどお話ししたように、今の脳科学が抱えている限界というものを知った上で結果を利用してほしい、という忠告を耳にすることも多いです。ですから、効果については、長い目と多角的な視点から判断する必要があることを、ぜひ、心に留めておいてほしいと思います。


2023年3月19日オンライン対談
主催:Teachers(https://mindfulness-village.com/)
構成:川松佳緒里


第2回    マインドフルネス瞑想を取り巻く最新トピック①副反応