アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】
皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。
[Q]
私は高校生です。中学ではいわゆる優等生で、周りといざこざを起こすと内申点にひびくと思い、侮辱されているようなことを言われてもいつも我慢し、辛い思いをしてもその感情を見ないように蓋をしてきました。そして今、悲しみと恨みが積もって、「アイツに、あんなことを言われた」という怒りをどうしても手放すことができません。どのようにしたら手放すことができるのでしょうか?
また、人と付き合う時によく我慢をしてしまうのですが、どのようにしたら人間関係が上手くいきますか?
[A]
■出来事の捉え方・見方次第で どんな色にでもなる
別に問題ありません。問題というのは「私はどう考えるか」ということによって、世の中のことが問題になったり問題にならなかったりするものです。ですから、中学生の時にいろいろ侮辱されてもあなたは〝気にしない〟という態度を取った。それはそれで立派なことです。そしてその過去の出来事について、「なぜあいつらが私を侮辱したんだ」と今あなたは考えている。それはもう終わった出来事なので、後からいくらでも考えることはできます。それなら、もっと違う考えを持ってみたらいかがでしょうか? 例えば「人にバカにされても気にしない人間になる。私は私の道を歩むんだ」とか、「言いたい奴は、どうぞ好き放題に言って下さい。私には関係ありませんから」というふうに、自分の思考を無執着の方向へ変えるのです。
■良い人間になるのは大変なこと
あなたの人生はまだまだ長いのですから、大学生になったり、社会人になったり、結婚したりと、たいへん険しい道が待っています。ですから、ちょっとしたことで動物的本能を剥き出しにして、相手を攻撃したり、怒鳴って威嚇したりといったトラブルを起こすと、あなた自身の人生が上手くいかなくなってしまいます。今まではあなたは良い人間であろうと頑張って来たのです。良い人間になるのはとても大変です。楽ではありません。悪人になるのは楽チンですが長持ちしません。すぐ社会から排除されるからです。それも理解して下さい。
■現象の評価により自分が苦しみを作っている
とにかく「私がどう見るのか?」ということで問題の評価が変わるのです。人が弁当を買って来て「はいどうぞ。これを食べてください」と言ったとしましょう。それであなたは「余計なことを。迷惑だ」と思ったら怒ります。弁当をくれた人が悪人に見えてしまうのです。逆に「あぁ、よかった。嬉しいな」と思ったら、相手が気が利く良い人に見えるのです。そしてあなたは相手に優しい気持ちを作ります。どちらにしてもあなたの思考次第です。
そういうことで、自分の都合で悪い思考をしないで下さい。そうすれば世界(環境・他者)が私に対して何をして来ても、楽しい気分でいられます。物事は見方次第ということです。見方を良い方に変えて気持ち良く生活すればいいと思います。そういうことで頑張ってみて下さい。
■出典 『それならブッダにきいてみよう: 人間関係編2』
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