アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。

[Q]

    車を運転しながら好きな音楽を聞いたり、夜寝る時に布団に入ってもすぐには寝られないので、ずっとラジオを聞いたりしているんですが、これってあまり良くないですよね?


[A]

■音楽は表現手段の一つだと割り切る


    好みの問題ですから、どうこうは言えないですけど。歌は表現手段の一つであると割り切って、感情を入れずに聞くのはいいと思います。
    私もたまに音楽を聞いてみようと思うんですが、あぁ〜ウルサイ!     と二、三分で消してしまうんです。好きだの別れたのという下らない妄想の世界にはバカらしくて入れません。経験していないのに曲を聞くことで妄想世界に入ってしまう。そういう音楽は良くないとは思います。ただ「別れても幸せでいて欲しい、苦しんで欲しくない。一緒にいた時はとても楽しかったので、これからも楽しくいて欲しい」などという、たまには慈悲のある歌詞もありますけどね。仏教徒として楽しむならメロディーだけで十分じゃないでしょうか。
    ただ、歌詞も、自然や生命に対しての慈しみとか、思いやりに満たされていたり、人間に対して頑張れ!    とか負けるな!    というものならいくらか聴いていられます。普段は俗な欲望ばかり歌う歌手でも、チャリティの曲になると心に響いてしまうのはそこらへんでしょう。金や名誉の為ではなく、支援の気持ちを込めて歌っているのでやっぱり違うんですよ。『We Are the World』という、アメリカのショービズ界のスターたちが参集した、アフリカの飢餓を救う目的で作られた曲がありますね。皆たったワンフレーズを、必死に、全身全霊で魂を込めて歌っているんです。子供たちを救いたいという気持ちが込められているからですね。それは私たちの心も清らかにしてくれるし、今聞いても私は感動します。汚れた気持ちが生まれてこないでしょう?    日本の昔の歌で「どこか遠くへ行きたい」とかありますが……勝手に行けばいいでしょうに(笑)。今、居る所で幸せを感じないといけないんですよ。
    音楽は表現方法のひとつでしか無いので「歌こそ世界共通の言語」などと大袈裟に捉えず、テクニックとして利用されるものだと認識しましょう。メロディーに乗せた方がフレーズも覚えやすいといった程度の。そんな感じでね。まぁ、個人の趣向だからあまり気にする必要はありません。
    質問の後半の、寝る時にラジオをつけるというのも、音が耳に入ると、脳をいじって、身体を混乱させるんですね。クタクタに疲れさせちゃって、脳が「寝るしかない」と判断する。だったら難しい本でも読んだらどうでしょうか?    寝る前の時間で勉強してやるぞー!    とかね。私が訊きたいのは、何で慈悲の瞑想をしないのか?    ということです。私も眠りにつくまでいろんなことしますよ。まず本を読む。「くだらないこと書いてるなとか、もっと表現 変えた方がいいのに」とか、誤字を見つけて訂正したりとか、そうしているうちに眠くなってくるので、本を置いて灯りを消した途端、パッチリまた目が覚めるんです。ヤレヤレ、どうしようかなと慈悲の瞑想をするんです。慈悲の瞑想をすれば短時間でも、身体はちゃんと休養しているんですね。ですから、寝る前には慈悲の瞑想をした方がよろしいと思います。



■出典    『それならブッダにきいてみよう: ライフハック編2』
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