アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。

[Q]

    アフガニスタンで殺害されたお医者さんが、ボランティア先でいろいろお世話になった方でした。長老だったらこういう場合どんな法話をされますか?


[A]

■期待の罠を自覚しましょう

    お世話になった、すごく尊敬する先輩が事故で亡くなったと、それはすごいショックであると、そういう風に問題を小さくして、それについてどう見ればいいかということは理解できると思います。でないと解決できないんです。
    すごくショック!    それは分かります。そこで二つの立場で見てみるのです。何で自分がショックを受けて悲しくなったかいうと、それが自分の期待した物ではなかったからです。人間は下らない期待をいっぱいしてしまうんだけど、〝期待は潰れる〟ということを理解して欲しいです。期待が潰れて行くと余りにもショックで「私はなぜこんな風に酷い目に会わなくちゃいけないのか!」とまで思ってしまう。すごくキツイんです。だから期待っていうのは、①期待通りになるかもしれないし、②丸っきり反対のことが起こるかも知れない。また、③何も動かずゼロで終るということもありますし、④そこそこある程度、期待通りに行くということも含めて、私たちには期待に対しての選択肢が四つあるんです。
    私たち仏教徒は、「期待するなよ」と言います。しかし、それは悟った人の世界なんです。期待っていうのは、していないのに勝手に現れるんです。でもこれは変えられますよ。例えばペットを飼ったとしましょう。「別にコイツがいつ死んじゃってもいいや、気にしない」と思えますか?    できませんね。「元気で明るく長生きして欲しい」って思ったらもう期待が現れたことになるんです。これが“期待の罠”なんですね。どうしようもありません。
    ただ、仏教徒は、もうちょっと上の事をやります。期待にはその四つの結果があり得るんだから「四択のどれかにはなるでしょう」と考えるんです。そうすると落ち着いていられます。今日からやってみて下さい。
    期待を全くしない人間になりなさいと言っても無理でしょう。悟っていない人が、全く期待をしない人間になるぐらいなら死んだ方がマシです。そんなの意味が無いですよ。期待をいっぱいして、明るくにぎやかに、盛り上がって生きた方が良いんです。

■どうしても起こる期待の危機管理

    例えば私も、子供の頃は音楽家になりたいと思っていたんです。「楽器を演奏できるのが羨ましいなぁ」と。でも、幼い頃から理科系のクラスに入れられたので、楽器を触ることすら許されなかったんです。羨ましかったから、そのぶん期待があったのでしょう。期待の反対のことは起きていません。ただその方向には何もやらなかったから、これゼロなんです。だから今も音楽ができないことについては何とも思っていません。だって別なことを色々やって、出家もして、別の世界で楽しかったんだから。音楽についてはゼロで終わったけれど。このように期待がゼロで終ることはたくさんありますよ。でも別に悲しくはないんです。しかし、期待と反対のことが起こるとショックなんですね。
    だから、この四択を理解しましょう。それはみなさんに永久的に役に立つポイントになります。仏教的には、「期待するなかれ。物事・現象は、因果法則によって変化するのだ。そもそも〈わたし〉というもの存在すらしないんだよ」と教えています。でも、それは悟った人の世界の考えなので、ちょっと分からないかもしれない。
    そもそも「わたし」すら無いんだったら、期待なんか起こるはずが無いでしょう。因縁・因果法則で物事は起こるべくして起こる。全て当然な結果なんです。それは悟った人の理解で、その方々はずっと安穏ではいられますね。だからまぁ、私たちには、一応期待は現れます。どちらかと言うと、期待が無いよりはあった方が良さそうにも見えます。どちらでも良いんですけど、期待があるとその分危険性もある。それを理解しておけば問題は無いです。
    ハザードトレーニング・災害訓練ってありますね。飛行機のスタッフとかよくやっています。飛行機でトラブルが起きたら乗客はパニックになりますが、スタッフは、あぁ……もう十分位で死ぬかもしれないと分かっていても落ち着いていますね。トレーニングを受けていますから。でも、私たちはこの〝期待〟に対する避難は出来ません。災害みたいなものですね。だから危機トレーニング・KYKは人生でやった方が良いんですよ。この危機というのは期待から起こるんです。期待というのはどうしようもないものです。だから、ペットの例で覚えておいてください、ペットを飼ってしまうと、飼った時点で期待、期待、期待、山ほどの期待が起きているんです。それが危険なんです。だから、そちらに対してはhazard training・危機管理が必要です。それは、先ほどの四択をちょっと確認するだけ。はい、それだけですね。

■人類が宇宙に出ても業からは逃げられない

    アフガニスタンでそのお医者さんが亡くなって、ショックを受けている人個人ではなくて、全ての人間に有効な答えを出しました。あんなに素晴らしい人がなぜ?    折角、アフガニスタンに行って善い事をしたならば、善い結果になるはずなのに……。これは善行為から悪結果が得たのではないかとか、下らないことはいくらでも考えられます。人がどんな風に死ぬのかということは、生まれ持った〝業〟の責任なんです。だから多少の修正はできるものの、もう決まっているんです。殺されて死ぬと〝業〟でプログラムされているんです。業はそういう仕組みなんです。
    業は業。空にいても宇宙にいても、洞窟や地下に隠れていても避けられない。海の中に潜っていたとしてもアウト、時期になればちゃんと業が出てきます。業の結果から抜けられないとダンマパダの127偈に説かれています。空を飛んでいたからといって、業が出て来ないということはあり得ないのです。だから将来、人間が宇宙船に乗って地球を出て行ったとしても、業からは逃げられないんですね。
    期待・希望……とても危険なものなのにいっぱいあります。その時はあの四択について考えてください。


■出典    『それならブッダにきいてみよう: こころ編4』
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