アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】
皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。
[Q]
怒りは煩悩であり、猛毒です。早く手放したい感情ですが、とても理不尽なことをされて生じる怒りは手放すのが難しいのも事実です。程度にもよりますが、自分の子供が不当な扱いをされた時の怒り、例えばパワハラやイジメなどで子供の人権を無視されたり、命を軽視されたりした親が抱く怒りはどう処理したらよいと思われますか。
[A]
■怒ってしまう状況でこそ「怒りの管理」を
他人が私の機嫌をとっている間は怒らないでいるけど、私の気に障ることを言ったら激怒してやるというのは、怒りの管理をしていないのです。
やはり怒りが現れる環境でも怒らないでいることが修行になって、善行為になるのです。よ。そうすべく頑張ってはいるんだけど時々ダメな時もあります……というのは理解できますよ。「怒らないでいよう」と頑張って頑張って頑張っても結局、怒りに負けてしまったということはあり得る。
論理的なポイントを覚えて欲しいのです。悪い条件で怒りが生じます。だからそこで怒らないようにするという修行をするのです。自分の子供がパワハラやイジメなど、不当な扱いを受けた時とか、人権を無視されたりとか、命を軽視されたりした時に何で「怒り」を抱くのでしょうか? 怒りを抱くとあなたには解決することはできなくなります。そういうことは一般論で見て欲しいのです。我が子から「我が」をカットしてください。不当な扱いされたのは誰でもいい、我が子に限る必要はないのです。決して怒らないで、冷静に「そういうことはやらない方がいいと思いますよ」と、「これは不当な扱いだと思いますよ」と言った方がいいのです。言って、相手がどんな反応をするかわかりませんが、「とにかく直してください」と、核心だけ言う。そこに怒りが入っていると侮辱したことになり、相手も怒って来ます。「これ、不当な扱いを受けてるように見えちゃいますけど、私だけでしょうか?」という感じで、さらに「そうではなく、こういうふうにした方がいいんじゃない? 問題は解決しましょうよ」と建設的に提案してあげてください。
不当な扱いやら人権軽視やら差別やらというものは、社会ではよくあることです。完全には消えないですが、理性のある人々は少しでもそれをなくすようにと努力をしなくちゃいけません。そこに感情が入ってしまうとうまくいきません。
だから、我が子の人権侵害が無視されると腹が立つけれど、他の人ならスルーしちゃいますと言うのはあまり立派な人間じゃないですね。「私はprincipleとして人権侵害するのは良くないと思っています。皆さんもやめませんか」という性格になった方がいいのです。そうするとこの怒りをどうするのかという問題は消えます。怒ったら本当にアウトですし、問題は拡大する一方で解決はできません。
社会は不完全です。そんなところに腹を立てるのではなくて、冷静に、自分の力の及ぶ範囲で直していく努力をすることです。
■出典 『それならブッダにきいてみよう: こころ編6』
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