アルボムッレ・スマナサーラ

【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「すぐ使える!    怒りのコントロール法」です。

[Q]

    「みんなの役に立つ人間になる」ことを実践したいと思っています。それに関連してお聞きします。『怒らないこと』(サンガ)という本を読んだのですが、その中に「自分が怒りや嫉みが起きないように意識する」実践が書かれていました。例えば怒って「コンチクショー!」と思う時があったら、怒っている自分からちょっと離れてそれに気づけば怒りが収まるというようなことが……。それはどうやったらできるのか、本を読んでいてもコントロールの仕方がなかなか分かりにくいので教えて欲しいのです。
 
 
[A]


■自分を他人のように、「〇〇さん」としてみる訓練法

    自分を外に出して見る、という方法があります。自分のことでも「私」と観るのではなく、「この人は」と観る。自分で「この人は怒っている」「この人は混乱している」というふうに観られるなら怒りは瞬時に消えるのです。
    そのためには自分を他人にして観る訓練をすることです。仏教で瞑想といっているのはその訓練です。自分の身体の感覚をそのまま客観的に観てみると、すぐにその能力がついてきます。逆に言えば少し訓練をしないとすぐには観られないということです。
    でもやってみてください。自分のことを他人のようにして、悩んでいる時も「この人は悩んでいるな」とか、例えば自分の名前が田中だとしましょう。「私は悩んでいる」とは考えないで、「田中が悩んでいますね、このバカ者が」というふうに観るといきなり悩みが消えてしまうのです。
    カンカンに怒ってしまったとします。怒りにかられて恥ずかしいことをしたり、おかしくなったりしたらすぐに自分で「この田中が、怒りに狂っていますね」と言ってしまえばその場で怒りは消えてしまいます。
「私」という言葉は使わないこと。憶えておいてください。それで上手くいきます。「私は今、ひどく悩んでいます」とは絶対に言ってはいけません。「この田中が、コイツが悩んでいる」と。むちゃくちゃ悩んでいたとしてもバカバカしくて、恥ずかしくてたまらない、というふうに自分を第三人称にするのです。秘訣は「私は~」という主語を使わないことです。
    皆さんも発表会などがあると緊張するでしょうし、試験を受ける人もいるでしょう。緊張した時に「私が」ではなくて、「(自分の名前)が緊張して恥ずかしいな」と一言いったら消えます。これはとてもいい訓練になります。
    この、「私は」という言葉を使わない方法を応用して、日記を書くときでも、自分の名前とかあだ名とかを使って、「~さん・~くんは〇〇です」と書いてみてください。問題は全部消えていくのです。それは仏教で「自分を客観的に観る」、科学者のように客観的に観るという方法です。

■人は驚異的なエネルギーを持って生まれる

    この質問に関連してここから、私たちがもっと自分の能力を発揮できるように「生きるエネルギー」を増やしていく方法についてお話したいと思います。この方法を訓練すると超人のように抜群に能力を発揮して生きていられるようになります。
    みなさんは小学生になる前の人生を憶えていますか?小さい時、幼稚園・保育園に入る前ぐらいの時をしっかり思い出してください。かつては赤ちゃんだったのにとっくに赤ちゃんだったことを忘れているでしょう。私は憶えていますよ。それは憶えておいた方がいいのです。
    なぜかというと生まれた時はみんなすごいエネルギーを持っているのです。皆さんも経験があると思いますが、子供が生まれてきた途端に周りが全部変わってしまいます。お互いに呼ぶ言葉まで子供中心になってしまいます。子供がいなかった時は自分の両親はお父さん・お母さんと呼んでいたのに、子供が生まれたその日から両親はおじいちゃん・おばあちゃんになる。子供中心に全部変わってしまうほどの大きな力なのです。
    つまり、私たち一人ひとりは世界を変えるぐらいの力(エネルギー)を持って生まれているのです。それがどんどん大きくなってくると、家に帰っても誰ともしゃべらない。お父さんともお母さんともしゃべらない、自分の部屋に入って黙っている…つまり力や明るさがなくなっているのです。
    力や明るさが残っている人々は、政治家になったり有名になったりしますね。有名人を見てください。すごい力を持っています。しかし、その力はみんなにあるのです。

■エネルギーは大人になると萎縮する

    この力がなぜ無くなるのかというと、幼稚園・保育園に行った途端に怖くなってしまって、訳がわからなくなるのです。それで明るさが少し消えてしまう。さらに小学校に入ったらもっといろんなことが出てくるでしょう。幼稚園よりも世界が広がるし友達の数も増える。それで何となく怖くなってしまって、心配して、自信が無くなって、あの力(エネルギー)が消えてしまう。そんな感じでどんどんエネルギーが消えて、大人になる頃には光も輝きもない、ただの生き物になってしまいます。
    ですから、小学生の子供たちは面白いし、幼稚園の子供たちはもっと面白いんです。この面白く、明るく、元気でいることを、何とかしてあのエネルギーをずっと保ち続けられれば大変ありがたいと思います。

■有名人の生命力

    私たちの体には、特別な「電池(バッテリー)」が入っています。この電池とは「生命力」のことで生きるパワーです。有効期限は死ぬまであって壊れません。没後一〇〇〇年とか二〇〇〇年とか経っているにもかかわらず、いまだに私たちが名前を憶えている人たちがいるでしょう?きちんと充電している人々は死んでも世界が忘れないのです。例えばお釈迦様のことは世界でかなり知られていて、大学でもビシビシ研究されている。亡くなってもまだまだパワーが残っている。アリストテレスやアインシュタイン…そういう人々の名前を知っているでしょう?    音楽関係だとベートーベンやモーツァルトもそう。
    私たちはお墓に名前を彫っておいても家族は忘れてしまいます。皆さんも自分のひい爺さん(曽祖父)の名前とかはとっくに知らないでしょう?    しかし皆さんの家に誰か大物がいたならば孫子の代まで誇りに思います。そういう人生というのは悪くないのです。
    死んでしまっても人類が忘れない人間、忘れられない人間、忘れようとしてもできない人間もいます。その人々は悩んだり、くよくよしたり、怒ったり、ケンカしたり、人を憎んだり、そんな余裕は無かったのです。自分の仕事をしなくちゃいけないんですから。
    アインシュタインという人もあれこれと悩んだりする暇が無かった。毎日毎日、自分の一日の仕事をしっかりとしていました。それで死ぬ時も、あの生命力が、あの電池(エネルギー、パワー)が満杯に充電されていたのです。人類はそういう人々を忘れません。いまだにそういう人々の恩恵を受けて助かっているのです。
    音楽の世界でもベートーベンやモーツァルト、ショパンなどいろんな人がいるでしょう。私たちは今でも深い尊敬の念を抱いて、彼らが遺した曲を演奏してみるのです。ショパンのピアノ曲は、現代人も苦労して練習して演奏します。そういう人々は、決して悩んだり、くよくよしたり、怒ったり、ケンカしたり、人を憎んだり、そういうことを思わなかったのです。
    画家も同じです。世界に残る絵を描いてやるぞ!と思ったこともないのです。バチカンにある絵を描いたミケランジェロはローマ教皇とケンカしながら自分の作品を完成させました。「画家として請け負ったのだから自分の仕事をやる。教会は金を出したからといって文句を言うな、私は描きたいものを描きます」と。ですから、いまだに残っている作品は人類がありがたく思う大傑作となっているのです。

■生命力の漏電:私が~・怒り・欲・悩み・落ち込み

    生命力の秘密を憶えておいてください。皆さんの生命力という電池のエネルギーを漏電させないように生きて欲しいのです。どんな時に漏電するのかというと、まずこの「私」という言葉です。これは怖い言葉です。「私が、私が、私が」と思ったり、考えたりする度にエネルギーが消えていってしまい、その時は充電できていません。
    一番大きな問題は怒ること。それから欲を出すことですね。あの人のようになりたい、あのファッションをしたい、あの髪形にしたいとか、いろんなことをやりたくなるでしょう。新しいスターが現れる度に合わせようと思っても無理ですよ。欲があり過ぎなのです。浪費して最後は電池が切れてしまう。
    また、悩むことも仏教の世界では怒りです。落ち込んだりするでしょう?それも怒りなのです。悩んだり落ち込んだりしてしまうとエネルギーを浪費するばかりで充電できていないのです。

■エネルギーアップの秘訣は「明るく生きる 」

    どんな時も自分の一日の仕事はしっかりとする。そうすればすぐ電池が満杯になります。疲れることは関係ありません。例えばクラブ活動でクタクタに疲れてもお腹いっぱいご飯を食べて寝ちゃえばいいだけの話。クラブ活動のせいで「こんな人生は嫌だな」「なんでこんなことやらなくちゃいけないの」とか、そうなってくるとエネルギーは消えてしまいます。
    毎日やるべき事はしっかりとやる。それから明るさ。笑うのに理由は要りません。ただ笑ってしまえばいいのです。笑っているとエネルギーがどっと上がってきます。どんなことにでも笑ってしまう人間になってしまえば、みるみる頭が働きます。脳はそういう法則なのです。笑っているということは悩まないという意味です。どんなことが起きても笑えれば、そこに悩みが生じる隙間がありませんしすぐに答えも見てきます。ということでよく笑うことを憶えてください。
    勉強もニコニコと心の中で笑いながらすると全部憶えてしまうのです。自分だけのコントを作ってください。ネタは数学でも生物学でも何でもいい。自分で作って自分で笑ってしまうような。みんなにバカにされてもいいから披露してみましょう。ウケなかったらウケなかったことを自ら笑ってしまえばいいのです。
「悩む」ということは怒りです。悩んだ途端にエネルギーが40%ぐらい落ちてしまいます。生命力の電池エネルギーが落ちることは危ないのです。なぜかというと、充電にまわすエネルギーまでも無くなってしまうからです。一日か二日学校を休んだら、友達も学校も全部が嫌になってしまった……という話はよく聞きますね。一日ぐらい休んでも死にませんし、一ヵ月間学校に行かなくても、学習面では特にどうということはありません。勉強は家ですればいいだけの話です。
    問題は、一日学校を休んだらエネルギーが落ちてしまうことです。バッテリーが充電できないのです。ですから次に学校に行くことが大変難しくなってしまいます。
    例えば仲のいい友達とケンカしてしまったとします。怒ったまま別れてしまっても友達ですから仲直りしたいでしょう?    でも、自分も相手ももう怒っていないにもかかわらず、日にちをおいてしまうと話せないのです。居合わせても「おはよう」という一言が言えない。お互いそっぽを向いて座ってしまう。これが問題なのです。もともと仲は良いんですから、いずれ元に戻るでしょうが、それまでは元気も無くなってひどく苦しいのです。
    そこが生命の大変ややこしいところです。ケンカしても人間関係の上ではどうってことはないのですが、ケンカした時点で自分の生命電池が空になってしまうんですね。なので充電して「この間はゴメンね、また仲良くしよう」と言えなくなってしまうのです。
    そういうことで、みんな大事な生命エネルギーがなくなっています。ですから、赤ちゃんや幼児のように明るくいられるといいのです。子供はちょっとしたことで泣きますね。でも、ギャーギャーと泣いていても、あっちに花が咲いているよと言った途端に泣き止んで花を見ている。面白いですね。子供にはエネルギーがあるから涙を流しながらワンワン泣いていても、ちょっとしたことですぐに笑います。
    皆さんの今の年齢では、もうそれはできません。悲しくなったら1週間悲しいままでむちゃくちゃになってしまいます。それだったら、楽しくなったらずっとそのままでいればいいでしょう。でも、それはできないのです。楽しさはすぐに消えてしまいますから。嫌な気分の方は長持ちするのです。これはとても危険です。それを何とかした方がいいのではないかと思います。

■生命力アップの訓練

    ですから、いつでも笑う癖を作ること。いつでも他人を気にかける癖を作ることです。ほんのちょっとのことでいいから人を助けてあげる。友達が教室から出ていく時に「はい、あなたのカバン」と取ってあげるだけ。自分の靴を出してついでに友達の分も「はい、どうぞ」と出してあげる。それだけで充分です。それで自分の性格が明るくなって、人を助けるような人間になっているのです。友達の靴をついでに出しただけでも友情は強くなりますし、相手の心も明るくなっているのです。
    そうやって、生命のエネルギーが無くならないように心がけていると、もしかするとベートーベンやモーツァルトみたいに将来教科書に載るような人になれるかもしれませんよ。教科書に載っているような人はエネルギーを無くさなかったのです。それは生まれた時には誰でも満タンにあるものなのですから。
    辻井伸行さんという目の見えない青年がピアノコンクールで世界第一位になりましたね。日本でも人気があって、いろんなところで演奏して、まだまだ若者ですが世界的なピアニストとして活躍しています。目が見えないから「あれもできない、これもできない」「一人で出歩くこともできない」「お母さんがいないと何もできない」とか、そんなことに悩んでいる暇はないぐらい、喜んでピアノを学んだのです。それで世界一流のピアニストになってしまった。
    工場で品物を作るのと同じで、人間には電池が一個一個ついています。全部同じ電池でバラつきはありませんから、私たちの使い方が間違っているだけ。それは生き方が間違っているという意味です。
    いつも怒っている人はやがて犯罪まで起こします。それでその人の人生は終わり。でもせっかく人間として生まれたのだから、地球に咲く花になって欲しいのです。花というのは、自分勝手に咲いているけれど、やはり見ると楽しいのです。私が花を見てキレイだなぁと褒めたところで、別に植物が「大変だ、私は忙しい、みんなにキレイに見せるために疲れた」ということはないでしょう。花がただ勝手に咲いているだけで私たちに楽しみを与えられるのです。
    人間もそのように生活できます。自分がいるだけで環境が明るい・自然が守られる。そういう人間として生きていられます。大変なことではないのです。大変だと思うとできませんから。
    人のマネをしようとすると難しいかもしれません。ある絵描きが私に聞いたのです。「立派な売れる絵を描きたいのですけど、どうすればそんなものが描けますか」と。私の答えは、「あなたは売れる絵を描かないで下さい。そんなものを描くと気持ち悪い。あなたが見るだけで楽しくてたまらない、描きたくてたまらない絵を描いてみてください」と。自分が描く時に楽しくてたまらない絵だったら、見る方も楽しくてたまらないのです。

■「私に楽しい」は、はた迷惑

    私はいろんな人を見てきました。大成功している人々も知っていますが、本人はただ単に生きているだけです。しかし楽しく生きています。自分が楽しいとやっていることはみんなにも楽しい、それだけで上手くいくのです。そういう人生を考えた方がいいと思います。
    ですから「私」という言葉を忘れてください。「これは私には楽しい」と言ってしまうと、ちょっと問題です。あなたは勝手に楽しいかもしれないけれど、周りの人は楽しくないのですから。たとえば自分が部屋でバカでかい音量で音楽を聞いていると、自分にとっては楽しいですが、はた迷惑ということになります。そこで「自分(私)」ということが出てくると、世界がそれを阻むのです。
    そこで「私は……」という言葉が消えてしまえば誰も何も言いません。自分が楽しいことはみんなにも楽しいのですから上手くいきます。自分がただ楽しく歌ったら周りも楽しくなってくる。すると「あぁ、いいですね。もう一曲歌ってください」と言われるのです。
    そういう訳で「私は」という言葉を人生から抜いて生きてみると素晴らしい人間になります。でもエネルギーは消えません。それどころかどんどん生まれてきます。どんな身体で生まれてもバッテリーは同じです。目が見える人も目が見えない人も、耳がよく聞こえる人も聞こえない人も、美しい声を持って生まれる人もしわがれた声の人も、同じバッテリーを持っています。ですから、それはどこかで使えるところがあるのです。それをその人の能力・才能というのです。

■他人を認めることで、自分の才能が見えてくる

    人といっぱい仲良くして、人のことを褒めて、人にいつでも感謝して、冗談をよく言う友達がいるとしましょう。冗談をいくら言っても全然面白くない。それでも貶してはいけません。「世界一笑えない冗談でめちゃくちゃサブい。でも暑い時はいいかも」と、そういうふうに明るく言うと逆に褒めていることになります。ですから人をバカにする時でも、褒める・認める気持ちで友達をバカにしてみてください。バカにはしているのだけどどこかで認めているのですね。人のアホなところも何となく「この人はアホだけどそれが面白い、仲間の中にアホが一人いないと寂しいんだよね」という感じで認めてあげてください。
    友達を認めて、いいことをしたら褒めてあげるようにすると、結果として自分の才能が見えてくるようになります。自分の才能が見えてくればそれで生きてみればいいのです。「自分にはこれができる」とわかったら、それで自分の人生を生きてみればいい。そういうふうに一人ひとりが持っているすごい能力を発揮してみてください。死ぬまで楽々で生きていられます。生きることはそんなに大変ではないのです。
    そういうことで、頑張ってみてください。

■出典       『それならブッダにきいてみよう:こころ編1」  

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