〔ナビゲーター〕

前野隆司(慶應義塾大学)
安藤礼二(多摩美術大学)

〔ゲスト〕
井上広法(栃木県光琳寺)
大河内大博(大阪府願生寺)


應義塾大学の前野隆司先生(幸福学研究家)と多摩美術大学の安藤礼二先生(文芸評論家)が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画、「お坊さん、教えて!」の連載第4回は、浄土宗の井上広法さん(栃木県光琳寺)と大河内大博さん(大阪府願生寺)をお迎えしてお送りします。
お二人がグリーフケアやターミナルケアといった終末期に近いところでご活躍されていらっしゃるのはお念仏によって死後の世界である極楽浄土を目指す浄土宗だからこそ。宗祖法然上人が仏教界に起こしたパラダイムシフトのお話や絶対他力といったキーワードからも、浄土宗とそれまでの宗派との違いが際立ちます。今を生きる浄土宗の僧侶のお話をどうぞお楽しみください。


(1)お坊さんになったわけ


■はじめに

前野    第4回の今日は浄土宗のお坊さん、井上広法(いのうえこうぼう)さんと大河内大博(おおこうちだいはく)さんのお二人をお迎えしています。司会は私、慶應義塾大学の前野と多摩美術大学の安藤礼二先生です。

安藤    よろしくお願いいたします。

井上    こんばんは、井上広法です。前野先生とは幸福学や心理学のお話をさせていただいたことはありますが、浄土宗の話をするのは実は初めてです。今日は僕の根っこの信仰の部分のお話をさせていただきたいと思います。「餃子をおごるから一緒に出ない?」とお誘いしました大河内さんのお話を伺うのも楽しみにしています。

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井上広法さん(写真提供=井上広法)
大河内    こんばんは。餃子でつられて参りました大河内大博と申します(笑)。浄土宗や法然上人のお話はとてもとても私には荷が重いのですが、困ったときは広法さんが助けてくださると思っております。前野先生、安藤先生とは初めてのセッションの機会です。本日はよろしくお願いいします。
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大河内大博さん
前野    今回で第4回になるのですけど、来てくださっているお坊さんは日頃から宗派を超えて、仏教そのものを広めようとしていらっしゃる割と若手のお坊さんです。
    最初は皆さん「私は宗派を代表として来たわけではないので」と謙遜なさるのですけど、語り出すと非常に深いお話をしてくださいます。私は素人ですけど安藤先生は結構詳しい玄人なので、今日もリラックスして素人と玄人とお坊さんが気楽に語り合う会にしたいと思っております。

井上    過去回すべて拝見していますが、安藤先生の仏教に対する造詣の深さは玄人以上ですので、今日は私たちが安藤先生に知識量で負けないかどうかを心配しておりますが、そのときはそのときでよろしくお願いします。

安藤    とんでもないです(笑)。よろしくお願いします。

前野    安藤先生は「とんでもないです」って言いながら、話し出すと詳しいんですよね(笑)。


■社会に法を広げるお坊さんに

前野    というわけで始めたいと思います。実はこれまで6人のお坊さんに話をうかがって、半数以上が「最初はお坊さんになりたくなかった」と仰っていました。井上さんと大河内さんはお坊さんになりたかったのか、なりたくなかったのか。どのように育ちどのようにお坊さんになったかについて、まずはお教えいただけますか?

井上    ぼくは子どもの頃からずっとちゃらんぽらんで、どうすれば僧侶にならなくて済むかと考えていました。理由はいろいろありますけど、一つは当時、お坊さんというとフェラーリに乗って、夜は銀座で高いお酒を飲んできれいな女性たちとお話をしているというイメージが強かったからです。
    織田無道さんという方がそういったイメージを流布されたのですが、子どもってそういう情報を真に受けちゃうんですよ。それで友達から「お前んちは坊主丸儲け」とか「他人の不幸で飯を食ってる」とかいろんなことを言われまして、言われ続けているうちに、お寺ってなんだろう、お坊さんってなんだろう、とそういう気持ちになって、自然と背中を向けるようになりました。
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幼い頃の井上広法さん(写真提供=井上広法)
    その後成長し、人との出会いや別れを通じて僧侶になることを決心しましたが、お坊さんになるにあたっては「社会に出るお坊さんになりたい」と思いました。
    浄土宗の始祖である法然上人のお墓が京都の東山の知恩院にありまして、私は京都で過ごしていた学生時代に、何か悩むと知恩院のお墓に行って法然上人と対話したようなつもりになっていました。
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知恩院を訪れた井上広法さん(写真提供=井上広法)
    そのときに自分には二通りの生き方があると思ったのです。一つは自分の寺も継がずに、山に籠って社会との接点を絶って、ただひたすら求道者として念仏だけの生活をするという生き方。もう一つは逆に徹底的に社会に仏教を広めていく生き方です。
    考えた末、私は広法という名前の通り法を広める後者を選び、さらに仏教の一部でも科学的に説明できるといいのではないかと思って東京学芸大学に進学し、臨床心理学を専攻して臨床心理学やグリーフケアの研究に取り組んできました。
    現在は前野先生の幸福学や、マインドフルネス、ウェルビーイングなども学びながら「現代人にとって生きるとは何か」を皆さんと一緒に考える活動を続けさせていただいています。

前野    東京学芸大学に入った頃はもうお坊さんになろうと思われていたようですが、いつごろ僧侶になろうと考えが変わられたのでしょうか。

井上    私は最初に京都の佛教大学に進学したのですが、そこに入った当初は、まだお坊さんになるつもりはありませんでした。
    しかし三回生になったときに先代の住職、つまり私の祖父が亡くなりまして、遺品を整理していたら、私が幼少のときに祖父に宛てて書いた手紙が出てきたのです。驚くことにそこには「将来は立派なお坊さんになりたい」と私の字で書いてありました。
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お祖父様に宛てて書いた手紙「りっぱなおぼうさんになりたい」(写真提供=井上広法)
    それが祖父の書斎の一番大事なところに桐箱に入ってしまわれていまして、私は祖父に僧侶になった姿を見せることができなかったことをとても後悔しました。それでいったんお坊さんになってからやりたいことをやろうと思ったのです。

前野    手紙を書いたときは立派なお坊さんになりたいと思っていたのに、その後完全に忘れていたということですか?

井上    小さい頃の私は「ザ・お寺の子」でした。たとえば一般家庭のお友達の家に遊びに行ったら、まず仏壇の前に行って、手を合わせてお念仏をお唱えしてからお友達と遊ぶという、そんなことをしていたらしいです、親曰く。

前野    でもどこかでそれを忘れて反抗期があったと。

井上    はい、そのような感じです。

(つづく)


2021年慶應SDMヒューマンラボ主催オンライン公開講座シリーズ「お坊さん、教えて!」より
2021年7月26日    オンラインで開催
構成:中田亜希



(2)    お坊さんとして終末期医療に関わる