アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】
皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。
[Q]
長老の本も読み、瞑想の大切さも理解して、できるだけ実践するようにしています。しかし、人間関係で自分の怒りや執着などが強くなってしまう時があります。そんな時、その場だけでも感情を抑える方法を教えて欲しいです。
[A]
■あまりにも期待が大き過ぎる/多過ぎることを理解する
人にいろいろなものを期待してしまうから、感情が強くなってしまうのです。あなたは自分の心を観察してみてください。怒りなどの感情が出てきたら、「私は相手に何か期待していないか」と確認してみてください。特に女性の場合は、相手に対する期待が大きく、多いのです。これは女性だからと差別して言っているわけではなく、生命として動物的な生存本能として、性別という機能の違いによる特徴があるのです。決して女性の期待が多いことを悪だと言っているわけではありません。期待が多いことによって、女性は感情が強くなる側面も持っています。それも理解し憶えておいてください。
自分は他人から何かを期待している、それを発見してみてください。そもそも相手に期待するのは成り立たないことなのです。他人は私の望み通り、思い通り、期待通りにはなりません。一番わかりやすいのは、親子関係ですね。特に母親と子どもとの関係です。母親は子どもに対する期待でいっぱいです。ひとつも悪い期待ではありません。子どものことを心配して、優しさと親心から、成長と幸福を願って、その気持ちで期待するのです。しかし、子どもは全く期待通りにはなってくれません。母親の期待を気にもしません。子どもは母親に頼って依存して生きているくせに、その母親に逆らうのです。それが現実です。それが普通だと理解してください。
それで、あなたは子どもではなく、もっと関係性の薄い他人に、いろいろな期待をしているのです。親子関係はどうしようもありません。夫婦関係など所詮は他人ですから、親子関係よりも薄いものです。たとえば離婚届けにサインをすれば、すぐに関係を切ることもできるほどです。そんなものなのです。ということで、私が生んだ子どもでさえ自分の期待通りにならないのだから、ましてや他人が自分の期待通りになるわけがない、と正しく理解しましょう。
■期待を乗り越え正しく生きるためには
それから次に、「他人に期待することは成り立たない」と理解した上で、しかし「相手が納得するなら話し合いは成り立つ」ということも理解しておきましょう。他人は私の言う通りにしない、期待通りにならない。しかし、他人が自分の言う通りにやってくれることも、ごく稀にあります。どちらにしても、それが自然であり当たり前のことだと冷静に物事を観るのです。もし自分の期待通りになったとしても、興奮して舞い上がらないで「そうですか、良かった」と冷静でいてください。自分の期待と正反対の結果になったとしても、それでも興奮せずに「まあ、いいでしょう」と落ち着いているのです。それが正しい判断で、正しい生き方なのです。
人間に限らずすべての生命は、私の期待通りにはなりません。飼っている犬猫でさえも自分の期待通りにはならないでしょう。生命とは、そういうものなのです。生命とは、それぞれにある自我の錯覚で、自分の見解で生きようとするものなのです。そのような生命の生き方を、決して正しい生き方だとは言いません。なぜなら生命は独りでは生きられないからです。生命は他の生命とのネットワークを作り、繋がって協力し合うことでしか生き延びられません。そんな関係性を自我によって気にもしない。だから生命は無知だというのです。人間や動物たちは地球に支えられて、地球に依存してしか生きられないのに、その母胎である地球や環境のことを気にもしないのです。もしも環境を破壊するだけ破壊して、もう元には戻せないぐらいにしてしまったら、それは最後に自己破壊に繋がるだけです。
私たち生命は、互いのコミュニケーションや協力や助け合いによって、何とか生き延びているのです。ですから、他人の気持ちも考慮する義務があるのです。しかし、それは絶対にしませんね。皆、自分のことしか考えていません。我が子さえも、そういう態度ですからね。まず「私の期待通りにはならない」と理解しておけば、感情の問題も解決すると思います。
■出典 『それならブッダにきいてみよう: こころ編6』
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