山下良道(鎌倉一法庵)

山下良道師の師であり禅の修行道場である安泰寺の第六代住職の内山興正老師の哲学を紐解きながら、現代日本仏教の変遷をその変革の当事者としての視線から綴る同時代仏教エッセイ。「もう1つの部屋」をめぐるシーズン5の第2回。


第2話


■ティク・ナット・ハン師の訃報に接して

    この週末にとても悲しい知らせがベトナムから届きました。この連載においても、何度も登場していただいたティク・ナット・ハン​ 師が1月22日未明にご逝去されました。プラムヴィレッジから発表がありました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

    私が「マインドフルネス」という不思議な言葉に初めて出会ったのは、ティク・ナット・ハン​ 師の英語の著作によってでした。それはまさにUFOとの遭遇でした。Uとは、unidentifiedの略。つまり、自分がいま持っているカテゴリーの中に回収できないという意味。だからUFOなんて存在しないのだと決めつけたほうが、精神衛生上は楽です。でも、それは無理でした。何故なら1995年に京都で実際にお会いして、言葉まで交わしてしまったから。たとえ自分のいまのカテゴリーの中では理解できなくても、ここに圧倒的な「真理」があることは、私もひとりの真理探究者として、とても否定することはできませんでした。

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現代の精神的指導者として世界中から尊敬を集め、エンゲージドブディズムとマインドフルネスを世界に広めたティク・ナット・ハン(Thich Nhat Hanh/釈一行)師。
2022年1月22日にヴェトナムのフエで遷化された。享年95歳。
(撮影:横関一浩)
    この自分が目撃した「真理」。それを理解できない自分の中の「枠組み」。その2つがぶつかりあったとき、当然「枠組み」のほうが激しく揺さぶられる。真理が確かなものであればあるほど。そして枠組みの中での自分のポジションも直撃を受ける。これは組織の中の人間としてはかなり危険なこと。でも、宗教者としては、自分が見てしまった「真理」を、見なかったことにはもうできない。それを思い切って追求したい。たとえそれによって、自分の組織内での身分が危なくなったとしても。

    そして私はいろいろな経緯の末、結局「組織」を出て、数人の仲間と一緒に真理を純粋に追究する方向を選び取ったことは、シーズン4で詳細に述べた通りです。今振り返ると、正しい選択でした。あの時の決断によって、今こうして真理の中を安らかに生きることが出来ているのです。自分のこころの声を抑えつけなかったことによって。

    ティク・ナット・ハン​ 師!    こころより御礼を申し上げます。私をこれまで導いてくださり、本当にありがとうございました。

    勿論、師の肉体がこの世から消えたと言っても、本当の自己はそれには一切影響がないことは、いまさら言うまでもありません。たぶん、師の教えを受けた多くのひとたちは、ますますその存在を強く感じているのではないでしょうか。