中村圭志 「映画『怪物』を宗教学的に読み解く」[第六章 4/5] 中村圭志(宗教研究者、翻訳家、昭和女子大学・上智大学非常勤講師)
ジャンルを問わず多くの人の心に刺さる作品には、普遍的なテーマが横たわっているものです。宗教学者であり、鋭い文化批評でも知られる中村圭志先生は、2023年に公開された是枝裕和監督・坂元裕二脚本の映画『怪物』に着目。カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したこの話題作の背後に「宗教学的な構造」を発見し、すっかりハマってしまったそうです。大学の講義で学生たちも驚いた独自の読み解きを、『WEBサンガジャパン』にて連載。いよいよ最終章となる第六章に突入しました。中村先生ならではの総括に要注目です。
第六章 火と水のシンボリズム[3/5]
■火と水──日常生活から錬金術まで
人間はあらゆるものを二項対立的に捉える傾向があります。そもそも形容詞には「大きい」⇔「小さい」、「美しい」⇔「醜い」のように2方向の概念を対でもっているものが多い。こうした思考の傾向から、たとえば人間の性格を「キツネ型」と「タヌキ型」に分けたり「犬派」と「猫派」に分けたりするカルチャーも生まれます。
すべてが2分法というわけではありません。プラトンは、人間には快楽を求める者、名誉を求める者、知識を求める者の3種がいると考えました。中国人は、酢(人生の苦難?)をなめたとき苦い顔をする儒学者と、旨そうな顔をする道家の達人と、無表情で達観している仏僧との3者を思想的達人の三類型としました。日本人は、支配者のタイプを信長、秀吉、家康の3つとしました。
4分法では、多血質、粘液質、胆汁質、黒胆汁質の4つを性格類型とする古代生理学(疑似生理学)があります。すでに出てきた古代科学の基本物質としての地水火風も4分法的発想でできていますね(仏教でも同じ概念を用いていますが、これに空間媒体としてのエーテルに相当する空を加え、五大としています)。
作図:中村圭志
錬金術は地水火風の組み換えによって完全物質(黄金、不老長寿薬でもある)をもたらそうという中世末期以来のオカルト科学で、起源は中国にあり、アラビア科学を通じてヨーロッパにもたらされたと言われます。出発点として選ばれた物質をフラスコに入れて加熱したり蒸留したり色々なことを繰り返し、地水火風に還元します。火と地は男性的物質である「硫黄」をつくり、水と風は女性的物質である「水銀」をつくり、さらにいじくりまわすうちに、最終的に金をもたらす石(賢者の石)を生み出すと言われます。もちろん賢者の石あるいは最終物質の黄金までたどり着いた錬金術師などいるわけがないのですが、一種の信仰の世界であり、錬金術師は死ぬまでこの図式を奉じていました。もっとも、パトロンを騙してお金を得るのを目的としていた者も多かったと思われます。


