中村圭志(宗教研究者、翻訳家、昭和女子大学・上智大学非常勤講師)
ジャンルを問わず多くの人の心に刺さる作品には、普遍的なテーマが横たわっているものです。宗教学者であり、鋭い文化批評でも知られる中村圭志先生は、2023年に公開された是枝裕和監督・坂元裕二脚本の映画『怪物』に着目。カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したこの話題作の背後に「宗教学的な構造」を発見し、すっかりハマってしまったそうです。大学の講義で学生たちも驚いた独自の読み解きを、『WEBサンガジャパン』にて連載。いよいよ最終章となる第六章に突入しました。中村先生ならではの総括に要注目です。
第六章 火と水のシンボリズム[4/5]
■当論考のまとめ
さて、長いおつきあいありがとうございました。当論考もそろそろ終結の時がきたようです。
第一章から第六章まで話があちこちに飛びましたが、全体の構成としては、奇数の章は概ね『怪物』のもつ論理的な構成や『怪物』の背景にある歴史的な問題について、できる限り論理的に分析してみたものです。偶数の章は、『怪物』の神話的・象徴的な側面に光を当てたものです。この作品は主人公たちの将来を象徴的に祝福する構造をもっているので、シンボリズムの意味合いを明らかにする必要があるからです。
【奇数の章】第一章は概論ですが、この作品が複雑な因果の観察を出発点に、世の中には理不尽さという問題があるということを提示する作品になっていることを論じました。第三章では、とくにドラマの山場をなす湊の告白のシーンを中心に、ドラマが細部まで用意周到に描かれていることを明らかにしました。第五章は、同性愛差別をめぐる歴史的背景について、そこに作用していた因果関係をできるだけ平易に説いてみました。
【偶数の章】第二章はとくに、アジール(聖域)としての廃線電車のモチーフを取り上げ、そこにかぶさっている宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のビジョンの意味合いを論じました。第四章は告白後の湊の英雄譚としてのビッグランチの通過儀礼に焦点を当てました。これが転生神話、終末神話、英雄神話、オルペウス神話とも交錯する神話的なイメージであることが、ドラマの終結部を理解する上で必要ではないかと思ったからです。そして本章、第六章では、視覚的インパクトの強い火事と暴風雨のシンボリズムを取り上げました。
①論理→②神話→③論理→④神話→⑤論理→⑥神話という章立てのうち、山場をなすのは真中の③告白の論理と④ビッグランチの通過儀礼の神話の部分であることがお分かりいただけると思います。

![中村圭志 「映画『怪物』を宗教学的に読み解く」[第六章 4/5]](https://image.osiro.it/pass/main_images/528495/images/original/6-4.jpg?1762763500)
