熊野宏昭(早稲田大学 人間科学学術院教授)
小川晋一郎(株式会社Halali 代表取締役)
熊野宏昭先生(早稲田大学人間科学学術院教授)と小川晋一郎さん(株式会社Hakali代表取締役)さんをお迎えしてお送りするトークセッション。テーマは「デジタルデバイスがもたらすマインドフルネスの未来」。
株式会社Halaliが提供している心のセルフケアアプリ「Awarefy(アウェアファイ)」は、人々のマインドフルな日々をサポートするために、早稲田大学の熊野宏昭研究室との共同研究によって、メンタルケアに関する手法の検討や実証実験を行いながら開発が進められてきたとのこと。Awarefyは朝晩のコンディションや、そのときどきの感情を記録して見える化する「セルフモニタリング」機能を搭載しており、たびたび雑誌等のメディアでも取り上げられるなどたいへんな人気アプリとなりました。トークセッションではAwarefyの導入によって見えてきた「デジタルデバイスを活用したメンタルケア」を中心に、これからのメンタルケア、お二人が目指す未来について、対話が行われました。
第1回 生きづらさを解決したい
■データサイエンティストからマインドフルネスの世界へ
熊野 皆さん、こんにちは。早稲田大学で臨床心理学分野の教授をしております熊野です。よろしくお願いいたします。
熊野宏昭先生
小川 皆さん、こんにちは。株式会社Hakaliの小川晋一郎と申します。
小川晋一郎さん
熊野先生のことは皆さんよくご存知だと思いますが、私のことはご存知ない方がほとんどだと思いますので、まず最初に、少し詳しめに自己紹介をしたいと思います。
私は現在マインドフルネスに関連した仕事をしておりますが、もともとはマインドフルネスとは程遠い経歴で、リクルートやビズリーチという会社でインターネットのサービスに関わっていました。職種としてはデータサイエンティストで、デジタルサービスで蓄積されたデータの活用やデータ分析等に携わっていました。
ビズリーチ時代にはCMにもいい位置で出させてもらいました(笑)。
■2020年5月にAwarefyをリリース
小川 そういった経歴を経て、現在は株式会社Hakaliで「Awarefy」というサービスを熊野先生と共同研究という形でやらせていただいております。
Awarefyは2019年から開発に着手して、2020年の5月にリリースしたアプリです。感情と行動の記録で、マインドフルな日々を増やすことを目的にしていて、熊野先生の研究領域である認知行動療法のエッセンスを活かしながら、皆さんの心の健康をサポートするために提供させていただいています。
■マインドフルネスの存在感が際立つメンタルヘルス業界
小川 メンタルヘルステックの業界の全体像についてもざっくりご紹介させていただきます。
こちらの図はemol株式会社さんが作られているメンタルヘルステックカオスマップです。
ジャンル分けしてみると、ざっくりこのようになるかと思います。
企業向けのものもあれば、Awarefyのようなセルフケア領域のサービスもあります。それからカウンセラーさんとのマッチングを目的としたカウンセラーマッチングの領域、あるいはセンサー検査、日記系のサービスもあります。
大きな領域としてはマインドフルネスの音源を提供するサービスですね。海外ではCalm(カーム)やMeditopia(メディトピア)など時価総額一千億円以上の大きなサービスもあります。
Awarefyもアプリの中でマインドフルネス音源のサービスを提供しています。Fitbit(フィットビット)さんのアプリにも瞑想プログラムが入っています。
メンタルヘルス業界において、全体的にマインドフルネスが大きなキーワードになってきているのではないかと日々感じています。そういう意味でも今日は「デジタルデバイスとマインドフルネス」というテーマで熊野先生とお話ができることを楽しみにしておりました。どうぞよろしくお願いいたします。
■マインドフルネスとの出会い
──最初にお二人とマインドフルネスとの出会いについて伺いたいと思います。熊野先生はマインドフルネスが今のように世の中に広まるずいぶん前からマインドフルネスの研究をされていらっしゃいますが、マインドフルネスとはいつ頃、どのように出会ったのでしょうか。
熊野 私は今61歳ですが、最初にこういったようなことと出会ったのは17歳のときです。17歳でヨガを始めました。それからずっとですから、もう44年になります。私がどんな人かと聞かれれば、科学者であり医者であり心理士であるわけですが、ヨガ行者でもあると言えます。44年もやっているわけですから(笑)。
なぜ出会ったのかというと、そうですね。私はもともとすごく真面目なんですよ。しかもインテリの血筋、優等生の血筋なんです。それが窮屈だったんでしょうね。すごく不自由で。それでヨガとか瞑想といったサブカルチャー的なものに惹かれたんだと思います。
きっかけはそういうことだったのですが、実際にやってみたらなんだかすごい世界が広がっているなあと思いまして、それ以降ずっとその世界の中で生きてきてしまったような感じでしょうかね。
それで今はHakaliさんのお仕事のお手伝いもしているのですが、ご覧の通り、Hakaliの方は小川さんをはじめ、皆さん若いんですよね。私から見ればかなり若い人たちなのに、なんでこんなサブカル的なものに手を出すのかなと最初は不思議だったんです。でもどうもそうじゃない感じなんですよね。「あれ、瞑想とかマインドフルネスっていつの間にかメジャーになってたの?」と。それに小川さんも皆さんもすごく爽やかなんですよね。それで興味を惹かれて一緒に始めることになりました。
■逆立ちで東大に合格する
小川 17歳のときにヨガを始められたということでしたが、そういうヨガ的なものや瞑想などを先生が研究テーマとして取り込むようになったきっかけは何だったのでしょうか?
熊野 なぜヨガを始めたかといえば、これも真面目路線なんですが、きっかけは受験勉強だったんです。あんまり勉強をし過ぎて何も頭に入らなくなってしまって、それでなんとかしなくちゃいけないと思いまして。でも勉強は可能な限りしていましたから、勉強をするというところには解決策はなくて、だったら頭を良くするしかないと思ったんですよね。
小川 ははは(笑)。すごい発想ですね。
熊野 それであるとき、ヨガの本に「逆立ちをすると記憶力が良くなります」と書いてあったのをふと思い出したんです。「これだ!」と思って逆立ちをやり始めたら、実際に記憶力がむちゃくちゃ良くなりました(笑)。
小川 えっ、すごいですね(笑)。
熊野 論理的な思考力も高まりました。そのおかげでまず無理だとおもっていた大学入試も現役で合格できました。
その体験が私にとってあまりにも衝撃的だったので、これはなんとしても何が起こっているのかを明らかにしなきゃいかんと、もう20歳ぐらいの頃からこの領域を研究していくと決めていました。そんな感じでしょうか。
小川 面白い。逆立ちをして東大に入られたのですね。
熊野 そうです(笑)。受験勉強であまりにも頭を酷使してボロボロになっていたので逆立ちが効いたのでしょうね。普通の状態で逆立ちしてもそんなに効かないかもしれませんが、ボロボロになったところからやるとずいぶん改善するのではないかと思います。
小川 してみます、逆立ち(笑)。
■生きづらさを解決したい
──小川さんはIT系の経歴で、職種もデータサイエンティストですからもともとは瞑想などに対して懐疑的なところもあったのかなと想像します。実際はどのようにして瞑想やマインドフルネスと出会われたのでしょうか。
小川 キャリアとしてはマインドフルネスとは縁遠い領域でしたが、もともと私自身、どちらかというと周りの反応が気になったり、言われたことを気にして考え込んでしまうようなタイプでした。それで中学生ぐらいからずっと生きづらさを感じていまして、動物系のドキュメンタリー番組を見ていても、「動物のほうが人間より過酷な環境で生きているのに、なぜ人間のほうが生きづらそうなのだろう」などと考えていました。
そういう思春期でしたが、スポーツをやっているときだけは違ったんです。部活で無心にテニスボールを打ったり、無心で走っているときはすっきりした気持ちよさがあって、頭の中で考えるのとは違う世界があるのだなとなんとなく感じていました。
振り返ってみれば、自分の生きづらさを解決したいという思いと、スポーツの経験が重なって、マインドフルネス的なものに徐々につながっていったように思います。
Awarefyを作ったのもそういう思いからです。ビズリーチをやめて自分の価値観、世界観で事業を作るにあたって、やはり生きづらさをどう解決するのかというところに取り組んでみたいと思って始めることになりました。
私が言うのもおこがましいのですが、おそらく人類は太古の昔から生きづらさを持っていたのではないかと思います。縄文時代にも友達関係で悩んでいた人って絶対いたと思うんですよね(笑)。
宗教的なものはその解決策の一つだと思いますが、私の場合はせっかくデジタルの領域で学んできた経験とキャリアがあるので、それを活かして生きづらさの解決方法を作りたいと思って、アプリとメンタルケアを掛け合わせた形で、この世界に飛びこびました。
最初はどうすればいいか全然わからなかったのですが、そんな中で熊野先生との出会いがあったことを、本当にありがたく思っております。
(つづく)
2021年10月2日Wisdom 2.0 Japanオンライン対談
構成:中田亜希第2回 デジタルの可能性