アルボムッレ・スマナサーラ(テーラワーダ仏教(上座仏教)長老)
『ダンマパダ法話全集 第八巻』の刊行を記念し、2023年6月に刊行記念セミナーがオンラインにて開催されました。お釈迦様の智慧を理解し、実践するために、私たちはダンマパダとどのように向き合えばよいのでしょうか。全4回でお届けするスマナサーラ長老のご法話の第2回です。
第2回 「種々なるものの章」を読む
■4行の偈に解脱に達する真理が入っている
仏教の特徴はsvākkhāto(スワーッカートー)なのです。Svākkhātaとは、「正しく語られている」という意味です。正しく語られているというのは、完全に語られているという意味でもあります。
ブッダの言葉は、「これには続きがありますので、その教えもぜひ聞いてください」ということが一切ありません。ブッダが誰かに何かを語った場合、その言葉の中に真理がとにかく全部入っているのです。
これは大変なことですよ。
解脱に達する真理というのは、超越した真理であるとお釈迦様は仰っています。それを解脱に達するところまで、たった4行の偈でお釈迦様は語っているのです。
それが素晴らしいと私は思います。素晴らしいというか、人間には不可能なことです。
■「種々なるものの章」290偈
実際にダンマパダの偈を見てみましょう。本書の最初の偈は290偈ですね。パーリ語を読んでみます。
Mattāsukhapariccāgā
Passe ce vipulaṃ sukhaṃ
Caje mattāsukhaṃ dhīro
Sampassaṃ vipulaṃ sukhaṃ
ダンマパダの偈は、どの偈も二重の解釈ができます。
二重の解釈というのがどういうことか説明しましょう。
まず、冒頭のmattāsukhapariccāgāは、少々の楽を捨てることです。Sukhaというのは楽ですね。小さな楽を捨てて苦労すれば、大きな幸福が得られますよ、今のうちにある程度苦労しておくと、後ですごく幸せになりますよ、という意味になります。
一般の人々も、幸福になりたければ、豊かになりたければ、健康になりたければ、ちょこっと苦労しなくちゃいけないと知っているでしょう。ちょっと苦労したら、それとは比較できないほどの結果が出ます。商売をする方々だって、苦労して頑張ったほうが、じわじわと儲かって豊かになっていきますね。
この偈によって、「生きる上では、ある程度苦労しながら精進努力することで、何とかいいことになるんだな」と一般の人々は理解することができます。
少々仏教を知っている一般人であれば、「ブッダは嘘をついてはいけないと言っているけど、嘘をつかないでいるのはちょっと苦しい。殺生してはいけないと言っているけれど、殺生しないでいるのは七面倒くさい。でもそれを守ればすごく良い結果が得られるのだとわかった。だから頑張るしかない」と理解することができるでしょう。
これが1つ目、在家の一般人向けの解釈です。
もう1つは出家して解脱を目指している弟子たちにとっての解釈です。その場合はgreat happinessを得たいならばlittle happinessを捨てなさい。Little happinessを捨てることでgreat happinessが得られますよ、ということになります。
出家比丘たちはgreatest happiness(最大の幸福)、つまり涅槃を目指しています。涅槃を目指すならば、俗世間のhappinessは全部捨てなくちゃいなくちゃいけないんです。
俗世間的な幸福を捨てたくないなと思う人に、涅槃まで達することはちょっと難しい。涅槃を目指すならば俗世間的なhappinessは全部捨てて、修行する。そうして究極のhappinessに達するのです。
出家者の立場から見ると、俗世間のhappinessはすべて小さな幸福です。家族がいること、財産があること、仕事があること、友達がいること、社会で立場があること、それらはすべて大した価値のないlittle happinessです。だから涅槃を目指す人は、そういった俗世間のhappinessは捨てるのです。
出家というのはそういう意味です。家族はいたら楽しいけれども捨てましょう。財産があれば楽に生きられますけど捨てましょう。おしゃれすることも贅沢な服を着ることも捨てましょう。そういうふうに全部捨てて、greatest happinessである涅槃を目指すのです。
この偈の二重の意味がわかりましたね。一般人の場合は、「遊んでふさげて怠けてばかりいると危ないんだ。人間はそれなりに努力しなくちゃいけないし、頑張らなくちゃいけないんだ」という程度に理解して俗世間的な成功を目指して頑張る。出家者の場合は、涅槃を目指すヒントになっている。
お釈迦様は1つの偈で、俗世間にも通じる、仏道で解脱に達するためにも通じる真理を語っているのです。
■「種々なるものの章」291偈
続けて291番を見てみましょう。これも同じように二つの解説ができます。
Paradukkhūpadhānena
Attano sukhamicchati
Verasaṃsaggasaṃsaṭṭho
Verā so na parimuccati
他人をいじめたり、他人に苦を与えたりすることによって、自分の楽を計画しているならば、その人は怒りに狂った人間になりますよ。一生、怒りで苦しまなくちゃいけなくなりますよ、という意味です。
俗世間の例で考えてみましょう。会社の社長がたくさん儲けるために、社員たちにどんどん仕事をさせる。定時を過ぎても仕事をさせる。でも残業代は払わない。「仕事をするのは当たり前ではないか!」と社員たちを脅す。社員たちに対して偉そうに威張る。そうすると社員たちは怯えて頑張りますから、会社は確かに儲かるかもしれません。搾取の世界というのは、つまりそういうことですね。強い人が弱い人々を搾取して金持ちになる。俗世間ではよくあることです。資本主義経済と言っても、一部の人々だけが豊かになって、他の人々は搾取されています。
養鶏場を経営して儲けたいならば、たくさんのニワトリたちがかわいそうな人生を送るはめになります。酪農家も牛たちの幸福のことよりも、牛たちを使って自分たちが得る財産を第一に考えています。まあ、仏教では酪農が悪い商売だとは言っていませんけどね。インド人は牛をすごくかわいがっていましたので。
要するに、この世の中で幸せになりたければ、どうしたって誰かをいじめることになるんです。
ブッダの時代は古い時代ですから、奴隷みたいな人もいれば、家来や使用人もいました。そういう人たちが仕事をして、大地主の財産を増やしてあげていました。それは「他人に苦を与えながら、自分が楽を得る」という法則だと、ブッダは仰ったのです。
搾取するのだって、そう簡単ではありませんよ。怒鳴らなくちゃいけないし、どうにかして使用人を抑えなくちゃいけませんしね。みんな、自分が搾取されていることを知っていますから、監視が緩めばすぐにサボります。だからどうにかして社長のことを怖いと思ってもらわなければいけないのです。
そういうわけで、人を雇って儲かりたいと思ったら、その人はずっと怒りと一緒に生活しなくちゃいけないことになります。財産はできても、その人の人生は怒りに燃えている地獄のような人生になります。決して精神的な安らぎは得られません。お金はあるけれども精神的な安らぎはない。なぜならそこに怒りがあるからです。
怒りがあるということは、嫌な気持ちが出ることでしょ。怒りと一緒に怯えもありますしね。
これが、一般人がこの偈を読む場合の解説です。
出家者が読む場合は、paradukkhaは「自分が偉いと思うこと」になります。生命はみんな平等ですから、出家世界で搾取は成り立ちません。「私は長老だから、君たちは私のお世話をしなさい」ということは、絶対にやってはいけないことなのです。
生命に苦を与えると自分の心が怒りで汚染されます。だからすべての生命を心配しなくてはいけません。怒りがあるというのは、自分の心にまだまだ煩悩があるという証拠です。
出家者は完全に心に怒りが生まれない状態で、完全無欠の慈しみの気持ちを作ることに挑戦します。そうすると、心が清らかになって解脱に達することができるのです。
■ブッダの偉大なる言葉
このように、ダンマパダのどの偈を読んでみても、俗世間の一般人へのアドバイスと、解脱を目指す修行者へアドバイスの両方が必ず入っています。Double meaningを持つ奇跡的な言葉なのです。
世間では、「キリスト教の聖書のように、ヒンズー教のバガヴァッド・ギーターのように、仏教徒にはダンマパダがある」という褒め言葉がありますが、ダンマパダはそんな程度ではありません。もっとすごいものなんです。
正等覚者であるブッダの言葉は、神の言葉よりも完璧完全に語られている偉大なる言葉です。だから、読むときには「これは尊い言葉なのだ」という気持ちを持って私はいつも読んでいます。
心に安らぎを与えるために、偈に節を付けて歌うように唱えてもいいんですよ。2、3回歌ってみたら、皆様もあっという間に暗記してしまうことでしょう。
(第3回につづく)
2023年6月14日 zoomにて開催
『ダンマパダ法話全集 第八巻』刊行記念オンラインセミナー
「スマナサーラ長老と『ダンマパダ法話全集 第八巻』を読む」
構成:中田亜希
第1回 日本語で初めて、世界でも初めての解説書
第3回 「地獄の章」「象の章」を読む
お知らせ『ダンマパダ法話全集 第八巻』アルボムッレ・スマナサーラ[著] 電子書籍新刊&紙書籍のご紹介
2023年5月に紙書籍で刊行した『ダンマパダ法話全集 第八巻』ですが、2023年9月に電子書籍でも刊行しました。
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『ダンマパダ法話全集 第八巻:第二十一 種々なるものの章/第二十二 地獄の章/第二十三 象の章』アルボムッレ・スマナサーラ[著]
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世俗的言説で薄めることなく、ストレートに語られる仏法に、
読者は多くの気づきを誘発されるに違いありません。
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─序文 釈 徹宗
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【本書の内容】
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第二十二 地獄の章
第二十三 象の章
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