松本紹圭 (僧侶)
ジェレミー・ハンター (ドラッカー経営大学院准教授)

第1回    アンビエント仏教とは

仏教界において次世代を牽引するリーダー的存在である松本紹圭さんと、マインドフルネス研究の第一人者であり、クレアモント大学院大学のエグゼクティブ・マインド・リーダーシップ・インスティテュートの創始者でもあるジェレミー・ハンターさんによるZen2.0の対談。テーマは「アンビエント仏教」である。「アンビエント(ambient)」とは「環境の」という意味をもち、例えば「アンビエント・ミュージック(ambient music)」は、「周囲に溶け込んだ音楽」すなわち「環境音楽」という音楽のジャンルとして確立されている。そして仏教も、「アンビエント仏教」という視点こそが、今の世の中に、そしてこれからの世代に伝えたい大切な役割を担うのではないか?    その提言を掘り下げていくお二人の対話をお届けする。


■アンビエント音楽、アンビエント仏教

ジェレミー    皆さん、こんにちは。ジェレミー・ハンターです。私は今、ロサンゼルスからこのセッションに参加しております。ただいま夜の23時ですが、できるだけ元気に頑張りたいと思っております(笑)。
    紹圭さんとはもう長いお付き合いになります。今日も紹圭さんのお話を楽しみにしてまいりました。

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ジェレミー・ハンターさん
松本    お久しぶりですね。今日はセッションのタイトルにもなっている「アンビエント仏教」という言葉についてお話できればと思っております。
    皆さんは、アンビエントミュージック(アンビエント音楽)というものをご存知でしょうか。ブライアン・イーノが提唱し、作品も作っていますけれども、一つの音楽ジャンルですね。はっきりしたメロディーがあるわけでもなく、ボーカルがあるわけでもない、環境に溶け込んだ音楽です。

■日本のお寺は二階建て

松本    日本仏教は長年にわたって、法事やお葬式といった主に死者と関わる部分に注力してきました。
    私はよく「日本のお寺は二階建て」と説明しています。一階部分が「先祖教」、二階部分が「仏道」です。
    先祖教である一階は死者を中心とした世界。二階部分は生きている人のための、ごく簡単に言えばマインドフルネス的な世界です。
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松本紹圭さん
    Zen2.0では、これまで二階部分を主に扱ってきたのではないでしょうか。スピーカーとして発言されているお坊さんたちも、二階部分をしっかりやっている人が多いのではないかと思います。
    でも、日本全国に7万あるお寺の大半は一階部分のお葬式や法事やお墓に力を入れています。
    確かにオリジナルのブッダ、釈迦牟尼仏陀の教えに戻れば、「先祖を大切にしよう」という教えではなくて、おそらく二階の方が強調されていたのだろうと思いますし、自分も長い間、「本当の仏教というのは二階の仏道の部分で、一階の死者の部分は文化的慣習としてお寺が引き受けていたのかな」なんて思っていました。

■死者とつながっているアンビエント仏教

松本    しかしよくよく考えてみれば、日本の人々は坐禅やマインドフルネスなどの身体的アプローチとは違うやり方で、つまり死者との関係性の中で、自分自身の存在を確かめてきたのではないかと思います。
    実際、日本の風土にはたくさんの死者の痕跡が感じられます。ちょっと山を歩いていても、あちこちにお地蔵さんがあって、お地蔵さんには誰かしらお供物をし、ちゃんときれいに掃除もされています。東京タワーに登ってみても、驚くほどのお墓が眼下に見えます。街中を歩いていても死者の足跡を感じますし、お墓に手を合わせたりすることも日常の一部になっています。
    つまり、日本の仏教というのは、いわば環境に、アンビエンスに死者の痕跡が埋め込まれたような形でずっと続いてきたのではないかと思うのです。
    日本に住んでいる人は「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれても、なかなか明確には答えられません。答えられないのだけれども、あたかも温泉に入ったら自然と毛穴からいろんな成分が入ってくるように、私たちはこのアンビエンスから、日本の仏教というものに触れて、取り込んでいるのではないか──と最近思うようになりました。二階の身体的プラクティス──坐禅やマインドフルネスプラクティス──ももちろんいいのですが、実は一階にあったアンビエンスにも大事なものが埋め込まれているのではないかと改めて思うのです。一階部分は座禅や瞑想のように「何かをやった」というはっきりした感じがないのでぼんやりはしているのですけれども。
    これを私はアンビエント仏教と表現しています。

(つづく)

2021年9月18日    Zen2.0 2021オンライン対談
構成:中田亜希

第2回    アンビエントブディストという生き方