前野 隆司(慶應義塾大学大学院教授)
サティシュ・クマール(平和活動家)



平和活動家であるサティシュ・クマール氏と慶應義塾大学大学院教授の前野隆司先生による「Zen2.0 2021」オンライン対談をお届けします。サティシュ・クマール氏は20代のときに、核軍縮のためにインドからアメリカまで1万3000キロを歩く平和巡礼を行いました。ポケットに一銭も持たずに、当時、核兵器を所有していた4つの国を歩いたのです。インドからワシントンD.C.までの平和の巡礼の過程では、様々な国で多くの人々に「私たちは目覚めなくてはいけない。みんな一緒に生きているのだから」というメッセージを伝え続けました。現在も、世界をより良い場所にするために精力的に活動されています。そして前野隆司先生は幸福学をご専門として研究し、ウェルビーイングに関する活動のトップリーダーとしてご活躍されています。地球的な規模の視点から、人類の幸せ、世界の幸せについて探究されているお二人から、これからを生きる上で大切なことについて語り合っていただきます。


第1回    サティシュ・クマール氏講演 「世界を変えるには新しい教育システムが必要である」


■エコロジーから思い浮かべるもの

サティシュ    Zen2.0という素晴らしいカンファレンスに呼んでくださってありがとうございます。
    本日は「外側のエコロジー(outer ecology)」と「内側のエコロジー(inner ecology)」の関係性についてお話をしたいと思います。
    皆さんが「環境(エコロジー)」という言葉を使うとき、頭の中では何を思い浮かべていますか?    おそらく山や川や森、そして動物、鳥などを思い浮かべていると思います。お気づきかわかりませんが、そこに人間の存在が入っていませんね。人間の内側にある精神も入っていません。本来、人間も人間の精神も、重要な「環境」なのですけれども。

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サティシュ・クマール氏

■精神性が無視されている時代

「環境(エコロジー)」には、「外側のエコロジー(outer ecology)」と「内側のエコロジー(inner ecology)」という2つの側面があります。
    人間だけではありません。山にも森にも内なるエコロジーがありますし、動物たちにもあります。もちろん私たち人間にも魂や想像力といった内なるエコロジーがあります。信頼や勇気、親切な気持ち、思いやりや慈悲の心といったものもそうです。
    エコロジーについて考えるとき、山や川、森や海といった環境をケアするのと同時に、私たちの内側にある深い山や海もケアしなくてはなりません。
    しかしどうでしょうか、私たちは今、そういった精神性が無視されるような時代に生きています。
    たとえば大学では物理学や数学、経済など様々なことについて教えています。でも精神性について教えることはほとんどありません。信頼をどうやって育めばよいのか。自信をどう伸ばしていけばよいのか。思いやりの心をどう深めていけばよいのか。心をどうやって開けばよいのか。人とどう関わっていけばよいのか。他人を尊重するにはどうすればよいのか。そういうことについてはほとんど教えていないのです。


■教育システムを変えねばならない

    ですから私はシューマッハー・カレッジを始めました。私たちが外側の環境と内側の環境のバランスを取れるようにするためです。私たちには「みんな一緒に生きているんだ」というコミュニティの感覚を養う必要があります。
    普通の大学――たとえば東京大学や京都大学、ハーバード、イェール、イギリスのケンブリッジやオックスフォード――では、教師は学生の脳だけを相手にしています。他はまったく見ていません。たとえば体。まったく見ていません。魂も心も関係ありません。見ているのは脳だけです。
    脳にしても見ているのは全体ではなく半分だけです。人間には右脳と左脳がありますよね。左脳は論理的な思考や合理的な思考など実用面を司る脳で、右脳は創造性や直感、気持ちや心などを司る脳です。今の大学が見ているのは左脳だけで、どうやって右脳の資質を開花させていくかについては教えていません。
    ですから皆さんが新しい地球、人間が生き生きと生きていける世界を作りたいなら、教育システムから変える必要があるのです。
    世界の有名大学が行っている教育はもう時代遅れです。私たちは今、新しい世界に生きているのです。


■自然とは手段ではなく命そのものである

    新しい世界では、外側のエコロジーと内側のエコロジーの両方がなければいけません。あたかも二つの大きな大河が出会うように、外なるエコロジーと内なるエコロジーが出会う必要があるのです。
    今の教育では、内側のエコロジーにはまったく触れていません。外側のエコロジーについては「行って、自然を克服してこい」「自然を収奪してこい」としか教えません。
    自然を収奪するのは何のためでしょうか?    経済成長のため、生産を向上させるため、消費を拡大するためです。今の教育システムは自然を単に経済のための資源としてしか見ていないのです。自然は経済成長や、より大きな利益、消費拡大、生産拡大のための手段でしかないのです。
    これは変えなければいけません。まず、自然とは単なる資源ではないと考え直す必要があります。
    自然とは命そのものです。人間と自然は決して切り離されたものではありません。山や森、動物、鳥、そういうものは自然のごく一部であって、私たち人間も自然なのです。「私たちが自然そのもの」なのです。
    私たちはみんな同じ材料でできていますよね。土と空気と火と水。それから様々な原子。水素や窒素や炭素や酸素。全部同じです。
    私たちは自然を聖なるものとして、命の源そのものとして見る必要があります。自然は決して、何らかの手段なのではなく、自然そのものが目的なのです。


■HR(Human Resources)からHW(Human Well-being)へ

    そして忘れてならないのは人間も手段ではないということです。
    現代では人間を一つの資源、会社を経営するための、お金を稼ぐための資源とみなしています。だから、企業には人間を資源として扱うための人材部門があります。人材部門をHuman Resources(人間資源)と言っていませんか。
    それを変えなくてはいけないのです。Human ResourcesからHuman Well-beingに。HRではなくてHWです。


■地球と人間はつながっている

    前野先生がこの後ウェルビーイングについてお話してくださいます。
    人間のウェルビーイングと地球のウェルビーイングはつながっています。地球が病気であれば人間のウェルビーイングは叶いません。人間が病気であれば地球の面倒をみることはできません。
    地球のウェルビーイングも人間のウェルビーイングもすべて一つのものです。これがホリスティック(Holistic)な見方です。
    そのために必要なのが新しい教育システムです。人間の本当の可能性を育て、人間のウェルビーイングを育て、地球のウェルビーイング、自然や生態系のウェルビーイングを育てていくためには新しい教育システムが必要です。
    すべてのウェルビーイングを育むことで、新しい世界を作ることができます。人間も自然も、生きとし生けるものすべてが、生き生きと生きることができる世界を作ることができるのです。
    今日のZen2.0という素晴らしいカンファレンスもそのためにあります。「A New Earth」という新しいビジョンをお示しくださって、心から感謝いたします。

(つづく)

2021年9月18日    Zen2.0 2021オンライン対談
構成:中田亜希

第2回    前野隆司氏講演 「か弱くて優しい人間が生み出した大乗仏教という思想」