千葉恵子(学校法人鉄蕉館亀田医療大学看護学部看護学科准教授)
井上ウィマラ(仏教瞑想研究者、マインドフルライフ研究所オフィス・らくだ主宰、マインドフルネス・カレッジ学長)
終末期の在り方を当人を中心に家族で相談する「人生会議」。この愛称で厚生労働省が推し進める「ACP(Advance Care Planning)」は、「年齢や健康段階によらず、本人の価値観・人生の目標・将来の医療・ケアに関する意向が理解、共有されることを支えるプロセス」とされる。つまり最後の時をどのように迎えどのように過ごすかを、本人を中心にして家族が繰り返し話し合い認識を共有していく過程ということになろう。死と看取りをめぐる問題は、多死時代を迎えたいま社会問題として、人的、経済的にも喫緊の課題であり、国主導でこの政策がすすめられている。看護師の千葉恵子氏は臨床現場で活躍する一方で千葉県鴨川市の亀田医療大学看護学部講師として、「人生会議」の意味、問題点を指摘する。仏教瞑想研究者で医療福祉の分野とマインドフルネスの接続を先導する井上ウィマラ氏とのオンライン対談では、終末期の本人、そして医療当事者へのケアの問題が浮き彫りになった。対談の内容を5回にわたって載録します。
第1回:「人生会議の日」の意味と日本での取り組み
■第1部:千葉恵子「ACP(人生会議)とマインドフルネス」(1/2)
●病棟での緩和ケアから看取りや教育現場まで
千葉 私は千葉県・房総半島の先端のほうにある鴨川市の「亀田メディカルセンター」に13年、勤務していました。その前は仙台市内の病院と訪問看護ステーション、緩和ケア病床・緩和ケア外来・緩和ケアチームの立ち上げにかかわってきました。その後2008年に、「疾患に区別することなく緩和ケアを提供する」という理念で活動をしている亀田総合病院の緩和ケアチームの専従看護師として活動してきました。2019年から亀田医療大学に教員として勤務と臨床との両立をしながら働いています。
●「マインドフルネスを医療従事者に伝えたい!」という想い
井上ウィマラ先生との出会いは、2008年の「いのちの見守り」という東京で開催されたセミナーがきっかけでした。何かこの時期、私にモヤモヤしていたところがあったのだと思います。「参加してみよう!」とピンときて、そのセミナー終了後に井上先生とお話しさせていただく機会を持ちました。その時に、「ぜひ亀田病院で先生のご講演をお願いしたい」と直談判し、お名刺をいただいて連絡を取らせていただくようになりました。
個人的な想いですが「医療従事者にマインドフルネスを知ってほしい」というものがありました。その背景には、看護師など医療者がバーンアウト(燃え尽き)して辞めてしまうことを相談される機会が多かったからです。バーンアウトによる離職者を増やさないためにもマインドフルネスを病院の中で取り入れられたらいいだろうと、2011年から医療者向けに年4回、マインドフルネス勉強会を開催してきています。さらに、市民向けにもマインドフルネスの講座をお願いしたりしながら、今もコツコツと続けているところです。
●11月30日は「人生会議」の日
皆さん、11月30日は何の日か知っていますか? 医療者にもあまり知られていないのですが、語呂合わせで「いい看取り(1130)」ということで「人生会議の日」と制定されています。「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」というものの日本語の名称を「人生会議」というふうに決めた日で、「もしものとき」のためにどんな医療を受けたいのか、どういうふうにすれば最期まで自分らしく過ごせるのかということを、家族だったり大切な人だったり、医療者と話し合いましょうという日が、この「ACP・人生会議の日」になっています。
どうでしょうか? 皆さんは大切な人たち、ご家族などと「もしものとき」の話し合いをされていますか?
●長寿を背景に必要になっている人生会議
この「人生会議」は厚生労働省のホームページでも盛んにPRされています(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html)。なぜ、こんなに厚労省のほうから人生会議、アドバンス・ケア・プランニングが勧められるのか。平均寿命が延びており、その中でどのように過ごしていくのかひとりひとりが考えていくことが大切になっているということだと思います。その一方で、聞こえがよくない言葉になりますが、治療費もかなり膨大になってきています。望んでいる医療を受けたいけれども受けられない人もいれば、受けたくないのに受けている人もいる。個人的な意見にはなりますが、どのように医療を受けたらいいのか、どのように人生を過ごすのかを考える機会を持ちましょうということだと思います。
資料の「75歳平均余命の推移」を見ても高齢者の人口が増えてきていることがわかります。いろいろな病気を発症することも増えてきます。「もしものとき」とか、ご病気になったときに治療をどうしたいのか、どのようなケアを受けたいのかあらかじめご家族などに伝えておくことが大切だと言われるようになりました。
少し古い2017年のデータですが、「もしものとき」についてご家族と話し合ったことがあるかどうかを調査したところ、「話し合うきっかけがないので話していない」という方が多いです。こういった結果もあり、厚労省は「人生会議の日」を制定して、どんどんそうしたことを話し合っていきましょう、と呼びかけています。
また、そうはいっても、医療者も実は人生会議を知らないという現状もあるので、医療従事者に向けての教育も始まってきています。
厚生労働省の「人生会議」サイト:https://www.med.kobe-u.ac.jp/jinsei/index.html
どんなことを話し合ったらいいかが、いろいろ説明されています。
厚労省が出しているチラシやリーフレット(https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000536088.pdf)
「もしものとき」のために大切な人とどんなふうに話し合ったらいいかという手順などが書かれています。
●人生会議のポイント
人生会議を行う上で大切なことは、ひとつは、ご家族または大切な人と話したことを共有しておくこと。もうひとつは、一度話して終わりではなく、心身の状況・社会背景などの変化に応じて思いが変わることがあるので、その都度話し合っていくことです。厚労省のチラシやリーフレットにも書かれています。一度話したことが最終決定となってしまうのではないかと思うと、ずっと最期までそうなってしまうとしたら不安で話せない、と思う方もいらっしゃるので、「そうではないですよ」ということを強く伝えたいですね。
人生会議について外国から来た先生と話したときに「日本では、個人ではなく家族関係もあって複数人、決める人がいて、複数人で話し合うところが特徴なんだね。だから『大切な人』ではなくて『大切な人たち』と“たち”を付けて言うんだね」と言われて、「あ、日本ってそういう文化なんだ」と、気づくことができました。地域の方と後で話しますが、もしものときの話し合いについて考えるワークショップを開催したときに、参加者から「いのちは自分だけのものではないから、残される家族がいいようにしてほしい」という意見を複数の方から聞いたことを思い出しました。これは日本の文化なんだとそのときに気づきました。
今日、この機会に人生会議を知っていただけましたら、大切な人がどんなふうに過ごしたいのか、自分がどんなふうに過ごしたいのか、ぜひ話し合っておかれるといいかなと思います。
●ACPのルーツと時代の必要性
人生会議のもともとの呼称はアドバンス・ケア・プランニングといって、アメリカで出てきたものです。
2000年くらいまで医者が決めて伝えたことが決定事項になるような父権主義がずっと続いてきた時代があり、その後、医療技術の進歩や治療法などの選択肢が増えてきたこと、また、価値観が多様化していることと、それに伴って情報開示や思いの共有がすごく大事だと言われるようになってきました。そういった時代背景があって「ドクターが決めるところに従う」という文化から、「自己決定が大事」という流れになり、今はさらに自分で決めるだけではなく、共同して意思決定をしていくという流れになってきました。こういう時代の変遷を経て「 ACP、 人生会議」ということが言われるようになっています。
言ってみれば、いろいろな価値観に合わせて、その方の生き方に合わせて、どんなふうに生きたいのか、どういう治療を受けたいのか、どんなふうに過ごしたいのかを自分で選べるようになり、それを伝えておくことができる時代になってきたということですね。
●まだまだ難しい「リビングウィル」
医療の中で使われている用語について説明します。
まずは、事前指示書(アドバンス・ディレクティブ:AD)です。これは、患者や健常な人が将来自らが判断能力を失った際に自分に行われる医療行為に対する意向を前もって意思表示するための文書です。これは、あくまで自分自身が治療の選択について自分で判断できなくなった場合に、①どのような治療を受けたいのか、医療処置を受けたくないか、②誰に今後の治療について代わりに判断をしてもらいのかについて事前に明示すること、最期まで自分らしく自分の望んだ治療を受けられることが目的です。人工呼吸器をつけるとか心臓マッサージをするとか、抗生剤をする、食べられなくなったときにどうするか…などを医療者に伝えておくものです。
基本的にリビングウィルは、事前に自分の意思を表明しておくものですが、日本ではまだ法的な整備がされていないため、書かれていても、それをドクターに見せても、受け取ってくれるかが不確実で、最終的にドクターの判断になったりすることもあり、まだまだ難しい問題があります。また、本人が判断できなくなったときに誰に決めてほしいかを指名するための文章、医療判断代理委任状ですが、指名された人が自分が指名されたことを知らないということで驚かれたり、指名されたことを親族が知らないことで責められる……などいろいろ問題があります。
このようなことを避けるためにも、どの人に決めてほしいかとか、どんな医療を受けたいかをあらかじめ話しておく、伝えておくことが大切だと言われるようになってきました。
日本尊厳死協会のホームページに「リビングウィル」の解説が載っています
(https://songenshi-kyokai.or.jp/living-will)
●アドバンス・ケア・プランニング: ACP の定義と意義
では次に、アドバンス・ケア・プランニング(ACP )の定義ですが、「年齢や健康段階によらず、本人の価値観・人生の目標・将来の医療・ケアに関する意向が理解、共有されることを支えるプロセス」であると言われています。
もっとも大切にしていることを汲みながら意思決定できるように、医療とケアの全般にわたる目標に焦点をあてていくことと、どれぐらい知りたいのかという準備性に従って準備していくところがACP の定義になっています。
「ACP」が言われるようになってきた理由には、自分らしく過ごすためという側面だけではなく、別の側面もあります。それは、ACP が十分に行われていないと、本人の価値観や望みが十分に共有されず、家族や専門職に「本当にこれでよかったのか」という悩みやジレンマが発生する点です。そうなると、家族にとっては悔いの残る看取りになりますし、専門職にとっては無力感からの離職につながるということです。このような背景もあり、日本でもACPを積極的に取り入れていって、どんどんお話し合いをしていくことが重要だと言われるようになってきました。
ただ、“ACP” という言葉が日本では医療者の中で一人歩きをしていて「とにかく最後の段階のところを話し合えばいいんじゃないか」といった、少し違ったニュアンスでとらえられるようになってきています。ですので、一般の方々、市民の方々にも知っていただいて、どのように自分らしく過ごしたいのか、そのために自分たちが望む医療を受けられる・受けないなどの考えの意見を、医療者に言っていただくことが大事ではないかと思っています。
伝えておく内容ですが、どんなことでもいいのです。最期までどう過ごしたらいいのかがなかなかわからなかったり、伝えることができなかったり、「そんなこと、考えたくないよ」という人も多いと思います。私も患者さんや地域の方々と話をすると「そんな、もしものことなんか考えたら生きていけないから、そんなことはそのとき考えればいいよ」という方がいます。私の母親は70歳代のときには「もしものときには何もしなくていい」という話ができていましたが、歳を重ねて80歳を超えたくらいから「言いたくない」と言うようになりました。「どうせ死ぬのはわかっているんだから、そんな暗い話はしたくないからしないでくれ」ということでした。死が近づいてくればくるほど、そういう話をしたくないという人が一定数いるのはある意味、当然なので、そのままの言葉を受け止めておくことも大切だと思います。「決められない」とか、「わからない」「決めたくない」といったことでもいいのでちゃんと話し合っておくこと、そして第三者にもわかるようにしておくことが大切です。そうやって聞いておいたことを「もしものとき」に「あの人、こんなこと言ってたよね」というふうに選択の参考にしていくことが大切で、どんなふうに過ごしたいかについて、「これはいい」とか「好き」とか「嫌い」とかいったことも含めて、結論を急がずに繰り返し話し合うということが大切だとされています。
「アドバンス・ケア・プランニングとマインドフルネス」
2022年11月20日オンライン対談
主催:Teachers(https://www.teachersapp.net/)
構成:川松佳緒里
Teachers
マインドフル・カレッジ
井上ウィマラ先生新講座
「2023年9月開講 スピリチュアルケア」