〔ナビゲーター〕前野隆司

安藤礼二


〔ゲスト〕

早川智雄

松村妙仁


慶應義塾大学の前野隆司先生と多摩美術大学の安藤礼二先生が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画「お坊さん、教えて!」。第一回の「真言宗」では、早川智雄さん(福島県長宗寺)、松村妙仁さん(福島県壽徳寺)をゲストにお迎えしております。

(7)修行は続くよどこまでも

■修行から始まるお坊さんへの道

前野    真言宗のお坊さんになるには、どんな修行をどれくらいすればなれるのでしょうか?

早川    どのようなバックグラウンドか、あるいは仏教大学に行っているのか一般の大学に行っているのかでも違いますが、私の場合は一般の大学に行きながら研修所に通って、御山で修行して本山でも研修を受けました。山にこもる56日間の修行もあります。私は春休み、夏休み、冬休みなどの長期休みを全部それに当てて2年間でなんとか終わったという感じでした。
    修行は、いきなり受けさせてくださいと言って受けられるものではなく、まずはお師匠さんを見つけて、段取りを踏む必要があります。そこのハードルが少し高いかもしれないですね。

前野    56日というのはきついんですか?    それとも楽なんですか?

早川    私にはきつかったですね。私は修行道場で56日間加行(けぎょう)しましたが、2日以上連続で休むと、また一からやり直しなんですよ。

前野    ええっ!

早川    たとえ54日目まで進んでいても、そこで2日休んだらまた1日目からやり直しです。基本的に外と交流もできなくて、たとえ親族が亡くなっても基本的には出られない。そういうところで指定の行を56日間、段階を踏みながらやっていくわけです。

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56日間加行の様子(撮影=早川智雄)
前野    なるほど。妙仁さんも一緒ですか?

松村    だいたい一緒です。まずはお師匠さんについて出家得度して仏門に入ります。そこからさらに住職になるための教師という資格を取るために、本山に2年間寮生活で入って修行をします。社会人の方でしたら夏休みと冬休みなどを使って2週間ずつ2年間勉強をします。それ以外に修行道場に入って実践の修行も行います。宗派で指定している大学に入って学問の勉強と修行を重ねて資格を取るという方法もあります。いくつかの方法がありますが、だいたい2年くらいは修行の期間が必要かなと思いますね。
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教師の資格を取り、壽徳寺住職をつとめる松村さん(写真提供=松村妙仁)
■「悟ったら終わり」ではない

前野    超素人質問で答えにくいかもしれないのですが、「俺は完全に大日如来だ!」というのを100点だとして、2年間の修行の最後に何点くらいとると合格なのでしょうか?    すみません、大学で教えていると合格、失格みたいなところが気になってしまって(笑)。また、お二人は今、悟りの100点満点でいうとどのへんなのでしょうか?    そんなこと答えるものじゃないんですよ、という答えなのかもしれませんけど。

早川    悟りの定義にもよると思うんですけど、悟ったらもう終わり、ではないんです。「あ、悟れた」と思っても次の瞬間には凡夫に戻っている場合もある。悟ったからもうやることがない、ではなくて、その状態をキープしつつ何ができるか、というのが大事です。
     悟ったかどうかというところだけをずっと見ていたら慈悲も発揮できずに人生が終わってしまうんじゃないかなと思います。特に大乗仏教の場合、己の悟りばかりに目を向けるよりは、周りの衆生と一緒にやっていくことがメインですので、悟りばかりに目を向けないという傾向が強いと思いますね。

松村    2年間の修行はスタート地点に立つための修行です。その後、実際に自分がお葬式で御導師様という立場をいただいて亡くなった方を仏弟子として自分が送り出す立場になって、本当の修行が始まるといえると思います。いろいろ悩みながらご縁を広げながら、次の世代にも教えをつなげられるように、法灯をつなぐなんていうふうにも言いますけれど、していく。そのように日々修行がずっと続いているという感じです。
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お寺とのご縁のきっかけづくりの様子(写真提供=松村妙仁)
前野    高野山に行ったときに、空海は今も修行しているんだ、というふうに聞いたんですけど、空海さんも我々と同じように学びを続けているという考え方でいいのでしょうか?

松村    瞑想して学びを続けていらっしゃるのと同時に、私たちの安寧を祈ってくださっている。ずっと瞑想してお祈りして、お守りいただいているという存在ですね。

安藤    一人で孤独に悟りに入る人を縁覚(えんがく)、釈尊の教えを聞いて悟る人を声聞(しょうもん)といいますが、そうではなくて菩薩として、要するに自分も仏になる途中なのだけれど、利他の精神で他者と共に生き、他者と共に悟りを目指すという、菩薩の仏教が日本仏教の大きな特色として抽出することができると聞いたことがあるのですが、そのような理解で間違いではないでしょうか?

早川    まさしくそうだと思います。

■日本人には仏の素地がある

前野    私、実は無神論者でして、科学で説明できない何か不思議なものというのはないんじゃないか、もしあるとしても科学で説明できるのではないかという立場に立つサイエンティストなので、すべてサイエンスで心の働きとして説明がつくんじゃないかと思っているんですよ。別に信じる人を否定するわけではないですけども。
    私は今日、お話を伺って、大日如来が自分の中にある、慈悲に溢れた素敵なものが人間の中にはあると考えると、それだけ人々が共に信じ合って生きていける世界が作れるというふうに思いました。
    幸福学という学問で、感謝すると幸せになることがわかっています。それから世の中がいい世の中でありますように、と祈ることによってセロトニンやオキシトシンが分泌されて、その人の幸福度が上がることも研究でわかっています。ですから、無神論者の立場から見ても、今日のお話にあった真言を唱えることは祈りとして効果があると言えると思うんです。
    私の解釈が合っているか間違っているかは別にして、私自身は、今日のお二人のお話を無神論者として聞いて、日本の伝統というのは素晴らしいなと思っていました。これについてどう思いますか?

早川    日本人の宗教観というのは非常に難しいですよね。でも日本人が本当の無神論者と会ってみたら違うなと感じられると思うんですよ。無神論者ってもっとさばさばしてると思うんです。日本人は普通に「ありがたいな」とか「お天道様が見てる」という感覚がありますよね。その感覚が少しでもある時点で、すでに仏の中にいるというか、その種は十二分にあって、本人がそれをどう解釈するか、科学的なもので解釈するのか、仏の文脈の中で解釈するのかというのはあるとは思うんですけど、すでに素地はあると思うんです。前野先生は科学的に説明がつくというお立場ですが、解釈の仕方が違うだけで先生も十分大日如来ではないかと思います(笑)。

前野    なるほど。ありがとうございます。

■おわりに

安藤    前野先生、仏像に似てらっしゃいますよね(笑)。前野仏みたいな感じですよね。

前野    ははは(笑)。信じないと言っていて一番似ていたりして。
    最後に早川さんと松村さんから皆さんへのメッセージをいただけますでしょうか。

早川    今日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。足りない部分やもっと伝えるべきこともあったのかもしれないのですけど、田舎の小さなお寺のいち僧侶端くれとして今日は拙いお話をさせていただきました。今はさまざまな情報がさまざまな形で手に入る時代ですので、興味を持たれた方は、自分なりの学びを深めていただきたいと思います。それこそが自分が大日如来であるということに気づき一歩にもなります。ぜひそういうようなことを続けていただけたらなと思っております。

松村    会社勤めのときは毎日終電で帰るような忙しい状況でしたので、常にイライラしていました。そんな私がいま穏やかでいられるのも、仏の教えを通じて自分の心が豊かになってきたからだと思っています。仏教や真言宗のフィルターを通った今の私が、またもし普通に会社勤めをしたら、智慧を活かして過ごせるものなのか、どうなるんだろうなというふうなことも考えます。
    今日のこの時間が皆さんにとって真言宗に対する興味のきっかけになったり、ちょっとお寺に行ってみようかなと思うきっかけになったらありがたいなと思います。本日はご縁をいただきましてありがとうございました。

安藤    今日はお二人の生のお話をお聞きして、同時代に生きる者として、私自身お二人の経験と重なり合うようなところが多々ありました。大きな時代の中で、我々も皆、共に生きているんだということを深く感じ取ることができました。本当に貴重な時間をありがとうございました。今後はもう少し、一般的に話を回せるように研鑽を積みたいと思います。

前野    私も拙い司会で失礼いたしました。「空海が100点だったらあなたは何点ですか?」とそんなことを聞くものではないとは思いつつ、ちょっと場を盛り上げようと思って聞いてしまいました。
「真言宗は大日如来だ、大日如来が大事なんだ」というのは言葉としては知っていましたけど、今日のお二人の言葉から「大日如来が宇宙エネルギーの源であって、我々もそれなんですよ。そこを目指し続けるんですよ。それが生きるってことなんですよ」というメッセージが浮かび上がってきて、本当に理解が進みました。私の中にも大日如来があるみたいですので、頑張ってやっていこうと思います。空海というのがすごいロックスターで非常に素晴らしい人だったこともわかりやすかったですし、第1回としては大成功ですね。
    前野と安藤、こんな二人ですけど、日本の本当に素晴らしい仏教というものを世界のみんなに伝えていきたい、日本人にも伝えていきたいという思いは一緒ですので、ごこれからもこのような感じで進めていきたいと思っています。それでは皆さんどうもありがとうございました。
    次回は天台宗から阿純章(東京都圓融寺)さんと、小野常寛(東京都普賢寺)さんをお迎えしてお送りします。どうぞお楽しみに。

(了)

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2021年慶應SDMヒューマンラボ主催オンライン公開講座シリーズ「お坊さん、教えて!」より
2021年4月26日    オンラインで開催
構成:中田亜希

(6)真言宗の修行とその後の生き方