多くの場合は目を「瞑(つぶ)る」からこそ瞑想になるのです。目をつぶらなければ、注意は視覚にいき、内面に向けられないからだと思います。一方、坐禅の場合は、目を開けることが原則です。心を内面に向けず、一切に開くからなのです。
ネルケ無方(曹洞宗安泰寺住職)
(サンガジャパンVol.11 「瞑想と坐禅、そして私」)
※肩書は掲載時


2024/09/30 07:00
9月30日 今日の言葉 心を一切に開く

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