アリヤナンダ長老(スリランカ・ナーウヤナ僧院住職)
インタビュー・通訳:川本佳苗(仏教研究者、日本学術振興会特別研究員PD)
2023年4月29日から5月5日、スリランカの森林僧院ナーウナヤ僧院の僧院長で、世界各地で瞑想指導をするアリヤナンダ長老の瞑想リトリートが日本で開催された。日本でのリトリートの開催は4年ぶり2度目。前回に引き続き、日本の大学で教鞭をとるスリランカ人仏教徒チャンドラシリ氏を中心としたJapan Triple-Gems Associationが招へいした。リトリートの通訳は、スイスのベルン大学で研究する川本佳苗氏、このために一時帰国して全日程を務めた。今回、リトリート中にアリヤナンダ長老のインタビューの機会をいただいた。インタビューの通訳も川本氏にお願いした。スリランカの森林僧院の伝統、実践されている瞑想法のことなど、日本であまり知られていないスリランカの森林派について伺った。
■スリランカから世界へ
4年ぶり2回目の来日リトリート開催中にサンガ新社のインタビューに応じるアリヤナンダ長老
(Angulgamuwē Ariyanandhābhidhāna Mahāthēra)
撮影:編集部
──今回はコロナ禍を挟んで4年ぶり、2回目の来日とうかがっています。リトリートの開催おめでとうございます。
アリヤナンダ長老 私も日本に来ることができて嬉しいですし、(以前参加された人たちと)再会できて嬉しく思います。
──わたくしたちはサンガ新社という仏教書の出版社です。日本でテーラワーダ仏教を中心に出版活動をしています。
アリヤナンダ長老 多大な功徳ですね。仏法を皆さんにお布施なさっているのですから。これは「法のお布施」と呼ばれるもので、最も高い有徳行為です。パーリ語で、サッパダーナン、ダンマダーナン、ジナーティ (Sabba dānaṃ dhamma dānaṃ jinati 法の布施はあらゆる布施に勝利する=法の布施は他の布施より強力である)。つまり法を広めることや支援することは世界で最上の行いです。
──ありがとうございます。日本にテーラワーダ仏教を広めたのはスリランカから来日されて活動されているアルボムッレ・スマナサーラ長老です。スマナサーラ長老が、1980年代に来日して活動を展開されたことで、日本でテーラワーダ仏教の存在が知られるようになりました。
アリヤナンダ長老 そうですね、その時期は多数の優秀な指導者、優れた比丘がスリランカから輩出しました。仏法や三蔵の学習を修め、それを他国で教えました。その一人がアルボムッレ・スマナサーラ長老です。また他の国々に行ったスリランカ人比丘もいます。その時期は、マレーシアのサンガラージャもK. Sriダンマナンダ長老(1919~2006)というスリランカ人比丘が務めました。
──今回またスリランカからお迎えできて光栄です。
アリヤナンダ長老 私も光栄に思います。スリランカと日本は長い間、文化的交流関係を維持してきた国同士でもありますので。
■スリランカ森林僧院の伝統と長老たち
──アリヤナンダ長老は森林僧院、ナーウヤナ森林僧院というところで僧侶を、住職をされていらっしゃるということですが、スリランカの森林僧院はどういうところなのでしょうか。
アリヤナンダ長老 テーラワーダ仏教を背景としていますから、スリランカの森林僧院というものは皆さんが知っているミャンマーの森林僧院と似ており、そんなに大きな違いはありません。文化的な違いは少しあるかもしれませんが、教えと実践はほぼ同じです。
我々の世代がスリランカで修習体系を作り、次の世代がその体系に従って修行しています。そう言うこともできますが、でもテーラワーダ仏教文化の場所では、人々は仏法に基づいて修行をする、そのことは基本として共通しています。
──森林僧院の瞑想についてお聞かせください。
アリヤナンダ長老 我々のスリランカの森林僧院の伝統というものは、退廃していた時代がありました。あまり森林で修行が行われず、組織立っていなかったのです。そのため1951年にジナワンサ(Jinavaṃsa)長老が森林僧院の指導者となって僧院を運営し修行に励みました。ジナワンサ長老は修行を体系化し、戒律を厳守した法でもって森林僧院を運営したのです。サマタ瞑想やヴィパッサナー瞑想の修行も体系化しました。
ジナワンサ長老がシンプルな体系で他の比丘たちを指導し始めるようになり、最終的にスリランカにおいて非常に大規模な僧院組織になりました。現在では300以上の分院があり、3000人以上のサンガメンバー(出家者)がおります。そうやって、少しずつ我々の森林僧院の伝統は拡大していったのです。この伝統の系譜から非常に優秀な瞑想指導者の一人が出現したのですが、その方はアリヤダンマ長老です。
──スリランカでは、マハーシ長老がお見えになって布教されて、いわゆるマハーシ式の瞑想法が普及していると聞いています。アリヤナンダ長老がパオの瞑想をされたきっかけ、理由はどういったことでしょうか。
アリヤナンダ長老 アリヤダンマ長老は様々な瞑想法を研究した人でした。最初はマハーシ瞑想法を、それからミャンマーのパオ長老の瞑想法を知る機会を得ました。
最終的にアリヤダンマ長老はパオ瞑想法のほうが私たちの伝統に適してもっと合っていると理解し、かつパオ長老と親しい関係を築くようになりました。1995年、アリヤダンマ長老と私はミャンマーのモーラミャインにあるパオ僧院に出向き、1年間ほど瞑想体系を学んだのです。そうしてスリランカに戻り、私たちはパオ方式の瞑想法の指導を開始しました。
アリヤダンマ長老は、子供の時から瞑想の経験がおありでした。また、以前にもミャンマーを別件で訪れたことはありましたが、パオ瞑想のために行かれたのは1995年で、その時すでにマハーシ瞑想法の経験があり、三蔵も暗唱できるほど学を修めていらっしゃいました。
1997年にはパオ長老もスリランカを訪れ、そのときは1カ月滞在なさっただけで帰られました。そうして何度か訪問いただきましたが、2006年12月から2008年2月に渡って1年2カ月間は、私たちのナーウヤナ僧院で指導してご自身の経験を共有してくださいました。このようにして、私たちの僧院はパオ方式の瞑想法と関わりをもつようになりました。
ジナワンサ長老
(Kadaweddūwē Sri Jinawaṁsābidhāna Mahāthēra、1907~2003)
※https://nauyana.org/venerable-teachers-english/
アリヤダンマ長老
(Nā Uyanē Sri Ariyadhammābhidhāna Mahāthēra、1939~2016)
※This image is released under Creative Commons Attribution-ShareAlike license by the Abbot, Na Uyana Aranya
パオ長老
(Pa-Auk Twya Sayadaw Bhadanta Aciṇṇābhidhāna Mahāthēra、1934~)
※https://nauyana.org/venerable-teachers-english/
──スリランカの森林派の伝統についてもう少しお聞かせください。
アリヤナンダ長老 先ほどお話しした、私たちの師匠のジナワンサ長老のエピソードを一つ、お話ししましょう。ジナワンサ長老は、ずっと仏法の布教に邁進してこられました。2003年に97歳で亡くなられるときのことです。
「私は97歳になりました。まだ体調は良いですが、終わりの時が来ました。明後日、私は兜率天にいる私の檀家(布施者)から招待を受けているので、少し兜率天に行ってきます。その後、布教の勤めが残っているのでまた人間界に戻ってきます。」とおっしゃいました。そして、まさにその通りのことが起きました。2日後の7月13日満月の日に亡くなられました。
その兜率天の檀家が、長老の檀家の中でもよく知られていて、パータカダワラウー・ニラメー(Pathakada Walauwe Nilame(Pathakada:地域名) という肩書でした。ワラウーという名前は通常スリランカでは社会階級の高い一族の名前です。彼は亡くなった後、兜率天に転生していました。彼は長老と懇意でしたので、多くの神々の招待の中から、長老は彼の招待を受けました。
そして私の師、アリヤダンマ長老も三蔵の学識が高く、法話や読経の能力も素晴らしい方でした。かつスリランカにパオ方式の瞑想法を紹介した人物です。長老は生前、将来何をするかということを全て書き止めたものを残しており、死後それが本として出版されました。
アリヤダンマ長老は2003年に亡くなられましたが、今も本当に高く尊敬されていて、スリランカでは今でも誰かが亡くなるとアリヤダンマ長老の読経の録音を朝まで流します。長老の読経の力が亡くなった人にも廻向されるのです。
■瞑想の伝統とミャンマーのパオ僧院
──パオ長老がスリランカに訪れ1年以上にわたって滞在されたとのことですが、スリランカの森林派とパオ僧院との関係についてお聞かせいただけますか。
アリヤナンダ長老 私たちはパオ僧院と縁が深いのですが、弟子の中にはナーウヤナで修行した後、さらにミャンマーのパオ僧院に行って修行する者もいます。そうやって私たちが弟子を派遣するように、パオ僧院からも同様に、パオ僧院で修行に困難を感じる者が私たちの僧院に送られることもあります。現在ナーウヤナ僧院にはミャンマー人や中国人など多くの外国人がいます。
──アリヤナンダ長老は、1995年にミャンマーのパオ僧院に行かれたのですね。
アリヤナンダ長老 正確には1995年の12月です。アリヤダンマ長老と私と、ほかに4名の比丘の総勢6名でミャンマーに渡り、初めてパオ僧院に伺い一緒に修行しました。他の4名は年長の比丘で、私が最年少でした。当時私は比丘になって3年目でした(笑)。でも、長老が一緒に行こうと誘ってくださったのです。
──ナーウヤナは、ずっと昔から何千年の単位である森林僧院の伝統と伺っているのですが、お寺のホームページ(https://nauyana.org/venerable-teachers-english/)にあるプロフィールにはアリヤナンダ長老が10人で始められたとあります。詳しくお聞かせいただけますか。
アリヤナンダ長老 ナーウヤナ森林僧院自体は昔から存在しましたが、修行者がいない時期も何度かあり、1954年7月15日にボーディラッキタ長老を含む数名の比丘が再度暮らし始めました。彼らは優秀な比丘で瞑想もしっかり修行していましたが、スリランカの伝統的なサマタ・ヴィパッサナーの瞑想法であり、まだパオ方式の瞑想法ではありませんでした。当時ジナワンサ長老は別の僧院にいらっしゃいました。ちなみにボーディラッキタ長老はアリヤダンマ長老の師匠です。
1997年1月に1カ月間パオ長老がナーウヤナ僧院に滞在なさった後、10人の比丘で瞑想プログラムを作りました。その10名に私も含まれていました。そして1997年11月10日にこの10人でパオ方式の瞑想の指導を開始しました。
ボーディラッキタ長老
(Vigoda Bōdhiraḳḳhithābhidhāna Mahāthēra)
※https://nauyana.org/venerable-teachers-english/
──パオ長老と出会う前はどのような瞑想をされていたのでしょうか?
アリヤナンダ長老 パオ方式の瞑想が入ってくる前にスリランカの伝統的なサマタ・ヴィパッサナー瞑想法を実践していました。それもまたヴィスッディマッガ(Visuddhimagga清浄道論)に基づいています。
──アリヤダンマ長老は2003年に亡くなられました。パオ・セヤドーとのエピソードがあればお聞かせください。
アリヤナンダ長老 パオ長老もアリヤダンマ長老の読経のご加護を受けたことがあります。パオ長老がかなり体調を崩されたことがあります。検査をしても原因が分かりませんでした。起き上がったり食事したりすることができなくなってしまったので、一度台湾にも移っていただきましたが、回復されませんでした。他の国でも診てもらった後も同様でしたので、最終的にシンガポールで入院されたというニュースをアリヤダンマ長老が知り、2000年、現地に向かいました。アリヤダンマ長老は10日間パオ長老のために読経しました。すると薬なしで回復なさったのです! 読経の力は今も世界で見られます。
パオ長老の方が年長であるにもかかわらず、アリヤダンマ長老に敬意を払っていらっしゃいました。
チャンドラシリ 私はパオ長老(パオ・セヤドー)にお会いしたことがあるのですが、その時、パオ長老が持っていたアリヤダンマ長老とアリヤナンダ長老が映った写真を見せて話したのです。この方はアリヤダンマ長老とパオ長老はすごく嬉しそうにお話しされていました。また、こんな話があります。通常は修行者がパオ長老のところに出向いて指導を受けますが、アリヤダンマ長老の場合はパオ長老自らがアリヤダンマ長老のクティ(お部屋)を訪問して指導したそうです。それだけ特別な弟子だったということです。
■世界各国での瞑想指導
──アリヤナンダ長老は何か国くらいで教えてらっしゃいますか?
アリヤナンダ長老 毎年台湾に2~3週間行きます。それから時々ですが中国にも行きます。1~2週間、3週間になることもあります。そしてマレーシアとインドネシアには分院があり、年に数回行くこともあります。他にはイギリスと日本、シンガポールやインド、ネパールに行くこともあります。後は忘れてしまいました(笑)。
──国によって修行者の違いはありますか? 日本の修行者にはどんな印象を持たれていますか。
アリヤナンダ長老 日本の文化は素晴らしいです。文化的背景がよく保たれていますし、国民性も親切です。そうした慈悲の特質は指導する際に良い形で作用します。他者を肯定的に見ようとして、他者に対して少しでも手伝えることがないかと積極的に考えます。日本にはそのような文化があるように感じました。
もう一つ、私が理解しているのは、簡素であることです。生活水準も高いのにシンプルに生きています。それから、大きな家に住んでいても大きな門構えを作って豪勢なお金持ち然としていなくて、シンプルに生活しています。日本をそれほど旅したわけではありませんが、以上が私の単純な印象です。
瞑想修行については、日本人は理解が速く努力家です。普段から精進の習慣がありますね。ですので、数日間で瞑想法をつかんですぐに集中できるようになってくれます。
修行が進めていけば多くの日本人が集中力を得られるし、瞑想が上達していくでしょう。多忙な生活の上では時間の捻出が難しいですが、20~30分瞑想できれば日本人はもともとが十分に知的ですからすぐに上達するでしょうし、1~2カ月以内に集中できたという経験を増やしていけると思います
リトリートの瞑想ホールに安置されたお釈迦様
撮影:編集部
7日間のリトリートでは毎日アリヤナンダ長老の読経と法話があった
撮影:編集部
リトリート中、アリヤナンダ長老も修行者とともに坐った。
撮影:Japan Triple-Gems Association
■世界の修行者が集まるナーウヤナ僧院
──ナーウヤナ僧院はスリランカで著名なのですね。
アリヤナンダ長老 ナーウヤナの僧院は知られているので、空港でタクシーに僧院名を言えば連れていってもらえますよ。
──日本人も修行しているのでしょうか?
アリヤナンダ長老 現在、僧院には日本人比丘が1名います。彼もパオ瞑想法の全過程を終えています。非常に熱心に修行しています。機会があれば彼を日本に連れてきましょう。彼はこの10~20年間日本に帰っていないと思います。日本で彼に約10年間のスリランカでの経験などについてインタビューすることもできますね。
──僧院での修行にはシンハラ語を話せなくても、英語が話せれば大丈夫なのでしょうか。
アリヤナンダ長老 英語ができれば大丈夫です。もっとも私たちの僧院では瞑想が主な目的であるのであまり話はしません。外国人もたくさんいます。最近では外国からの尼僧も多くなり30~40名、比丘は同じほどいます。
──在家の修行者も受け入れていらっしゃいますか。
アリヤナンダ長老 はい、在家にも滞在の場を提供しています。食事は簡素でベジタリアンです。
アリヤナンダ長老(左)の取材風景。
インタビューする川本佳苗氏(中央)と、
長老をサポートする来日リトリートを主催したチャンドラシリ氏(右)
撮影:編集部
■Buddha bless you
アリヤナンダ長老 日本語でストゥーティ(シンハラ語で「ありがとう」)はなんと言いますか?
──Arigato。ありがとう。パーリ語のSukhi Hotuですね。
アリヤナンダ長老 「Buddha bless you」は日本語で何と言いますか? スリランカではブッダンサラナンと言いますが。
──「ブッダのご加護がありますように」ですけど、長いですね……
アリヤナンダ長老 分かりました(笑)。では「ありがとう」にしましょう。
全員 ありがとうございました。
アリヤナンダ長老には笑顔でインタビューにお答えいただきました。
撮影:編集部
リトリート会場となった内房の岩井浜の夕日
撮影:編集部
(了)
取材・構成:編集部
インタビュー・通訳:川本佳苗
取材協力:チャンドラシリ(Japan Triple-Gems Association【URL】https://jtriplegems.amebaownd.com/)
(2023年5月1日、千葉)
【お知らせ】
アリヤナンダ長老を招へいしたJapan Triple-Gems AssociationのYouTubeチャンネルで2023年4月29日から5月5日に千葉県で開催された瞑想リトリートの法話が公開されています。
【URL】https://www.youtube.com/@japantriple-gemsassociatio2991/featured