〔ナビゲーター〕
前野隆司(慶應義塾大学)
安藤礼二(多摩美術大学)
〔ゲスト〕
神崎修生(福岡県信行寺)
西脇唯真(愛知県普元寺)
慶應義塾大学の前野隆司先生(幸福学研究家)と多摩美術大学の安藤礼二先生(文芸評論家)が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画、「お坊さん、教えて!」の連載第5回は、浄土真宗の神崎修生さん(福岡県信行寺)と西脇唯真(愛知県普元寺)さんをお迎えしてお送りします。
音楽の世界からお坊さんに転身した神崎さんと、幼い頃からお寺大好き、TikTokでの法話も大ブレイクした西脇さん。そんな爽やかなお二人から、宗祖親鸞聖人のお話や阿弥陀仏とお念仏の関係性、西本願寺と東本願寺の違いや成り立ち、自他一如の境地まで、さまざまなお話をうかがっていきます。どうやら浄土真宗は私たちに「大丈夫だよ」と安心と温もりを与えてくれる宗派のようですよ。
(1)お坊さんになったわけ
■はじめに
前野 「お坊さん、教えて!」司会の前野隆司です。よろしくお願いします。
安藤 同じく司会の安藤礼二です。前野先生は幸せについてずっと探求していらっしゃいます。人工知能の研究などもやられながら、やはり心の問題が非常に重要なのではないかと仰っております。私もそう思うのですけれども、それを論理的に追求する一方で、今まさに幸せについて実践されている方からお話を聞くのも同じくらいに大切だと思っております。
仏教には私たちが知っているようで知らないことがたくさんあると思います。私がずっと探求している折口信夫という民俗学者は今日の主題である浄土真宗の家に生まれ、民俗学とともに、阿弥陀仏という遥か彼方の存在と私たちがどうやって関係を持つのかということを追究していました。その結果として、浄土曼陀羅(当麻曼荼羅)を主題とした小説、『死者の書』が書き上げられました。いま人間は目に見える物との関係ばかり追い求めています。ですので、そうした人間を超えた存在とどのように関係を持つのかを考え抜くことはとても重要ではないかと私自身も考えております。
前野 深い自己紹介をありがとうございます。私自身は仏教は素人ですが、「心は幻想なのではないか? 心は本当はないと考えれば、脳科学やAIの分野でもっといろいろなことがわかっていくのではないか?」と考えてきました。それが何か仏教に近いように感じて、最初上座部仏教に興味を持ったのですが、よくよく考えてみると日本にいながらにして日本の大乗仏教のことを意外と知らないなと思ったんです。意外というか本当に知らない、教科書で習ったぐらいしか知らないなと思いまして。
やはり日本の考え方や華道、茶道、武士道などを世界に伝えていこうと思ったら、その中心にある仏教のことはもっと勉強しておくべきであると思って、「お坊さん、教えて!」を始めました。もちろん、仏教だけではなく、老荘思想や神道など他にもいろいろなものがあるでしょうけど。
ですので、今回も「浄土真宗って誰が始めたの?」「始めた人はどんな人だったの?」というような、本当に基本的なことからお話を伺っていきたいと思います。
さて、本日お越しいただいたのは浄土真宗の神崎修生さんと西脇唯真さんです。よろしくお願いいたします。
神崎 福岡県糟屋郡(かすやぐん)宇美町(うみまち)の信行寺(しんぎょうじ)に勤めております、神崎修生と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
宗派は浄土真宗本願寺派でございまして、本山は京都の西本願寺です。東京の築地本願寺も一緒の宗派です。
今日はとても楽しみにしておりました。よろしくお願いいたします。
神崎修生さん(写真提供=神崎修生)
前野 神崎さんはおいくつなんですか?
神崎 私は38歳です。
前野 38ですか。僕から見ると皆さんお若いですね。もうお一方は西脇さんです。
西脇 愛知県西尾市の普元寺(ふがんじ)というお寺の西脇唯真と申します。私は2年前に慶應義塾大学の文学部を卒業して、昨年は中央仏教学院という仏教の学校に1年間通っておりました。まだまだお坊さんとしての経験は浅く、タイトルのように「お坊さん、教えて!」と言われるのは恐れ多いのですが、私が幼い頃から尊敬するお坊さんが今回、「ぜひ君に」と推薦してくださったので、今日は私なりに一生懸命お話できればと思っております。
西脇唯真さん(写真提供=西脇唯真)
前野 西脇唯真さんは23歳ですね。尊敬するお坊さんというのは松本紹圭さんという有名な浄土真宗のお坊さんですよね。松本さんから私、聞いたのですよ。「若いけどすごいお坊さんがいるから西脇さんを推薦する」って。お会いするのは今日が初めてですが楽しみにしています。
西脇 よろしくお願いいたします。
■入寺を経てお坊さんへ
前野 では最初に、神崎さんと西脇さんの生い立ちを伺いたいと思います。
これまでもご出演いただいた皆さんに「最初からお坊さんになりたかったのですか?」とお聞きしてきましたが、半分以上の方が「お坊さんにだけはなりたくないと思っていた。しかし違うことしているうちに、いや、お坊さんになるんだと考えが変わった」と仰っていたのが非常に興味深かったです。
神崎さんはどのような生い立ちで、どんなふうにお坊さんになったのでしょうか?
神崎 これまでの回はけっこう反発されていた方が多かったようですが、私の場合あまり反発という言葉は当てはまらない気がします。その要因としては私自身がお寺の生まれではなかったからということがあります。
そこがお寺に育った皆さんとちょっと違うところで、私が中学1年生のときに、私たち家族がお寺に入寺(にゅうじ)、つまりお寺に入ることになったのです。
幼い頃の神崎さん(写真提供=神崎修生)
前野 入寺というのは何ですか。檀家とは違うのですか?
神崎 檀家とは違います。私の父はお坊さんですが、お寺の三男坊だったので継ぐお寺がなく、いろいろなお寺を転々としてお手伝いをさせていただいていました。朝起きてお寺に勤めに行くというサラリーマンのような生活スタイルだったのですよね。私がいま勤めている信行寺も通っていた先の一つでした。
もちろん家にお仏壇はあって朝晩にお経をあげたりはしていましたが、雰囲気としては熱心な浄土真宗の家というような感じで、継ぐお寺がないので私としてはお坊さんになるなんてまったく思うことなく、育ちました。
しかし信行寺の先代のご住職がご病気がちで、ご法事などの仕事を続けることが難しい状況がしばらく続いていたそうです。その時にいろいろな方のご縁から父母に白羽の矢が立ち、それで私たち家族が信行寺に入ることになったそうです。入寺した時に私は中学1年生でした。入寺してから、信行寺の門信徒の方々に「後継ぎさん」と言われることもあったのですが、その時は反発というよりは、「私なんかでいいのかな。お寺に育ったわけでもないし、仏教の素養がないのに、そんなに当たり前のように継いでいって大丈夫なのだろうか」というモヤモヤとした気持ちになったのが正直なところです。
何もせずに継いでも駄目だろうと思うところもありまして、お坊さんになる前に、ミュージシャンや音楽関係で働く音響さんや照明さんを養成する音楽の専門学校に勤めさせていただいて、今から10年くらい前の28歳のときに、自分の中に根付いている仏教に改めて気づいて「よかったら継がせていただこうかな」と本格的にお坊さんの道に入りました。
前野 本当はミュージシャンになりたかったということですか?
神崎 音楽活動が好きだったので、音楽活動をしておりました。
前野 実際やっていたのですね。
神崎 はい。でもやはり幼い頃からの縁なのか、仏教に惹かれるものがとてもありまして。
前野 なるほど。一般的に跡を継いでお坊さんになる人が多いような気がするのですが、お父さんが急にお寺に入って住職になってというパターンはけっこう珍しいのでしょうか?
神崎 そうでうすね、あまりないかもしれません。ただ、お寺であっても必ず後継ぎさんができるとは限りませんので、別のどなたに継いでいただくこともあります。そういった中の一つという感じですね。
前野 親も親戚もお坊さんではないのにお坊さんになる人というのは仏教界全体では少数派ですか?
神崎 親も親戚もお坊さんではない場合は、ご縁があってお坊さんになられる方が多いと思います。たとえばお寺のお子さんに娘さんしかいなくて、結婚された旦那さんが得度してお寺を継ぐということなどはあると思います。
■お寺をみんなの居場所にしたい
前野 西脇さんはどのような生い立ちでお坊さんになられたのでしょうか?
西脇 私は典型的なパターンです。ただ、今までの方ほど反発したということはなく、ちょっと迷っていたくらいです。学生の頃に『寺院消滅』(日経BP)という本が出版され、Yahoo!ニュースにも「お寺がつぶれる」といったような記事が掲載されていまして、コメント欄を見るとお坊さんの悪口とお寺の悪口がずらりと並んでいたんですよね。それを見て「どうしようかな」と少し悩んだことはございます。
でも私の場合、基本的に小さい頃からお寺が大好きでした。
幼い頃の西脇さん(写真提供=西脇唯真)
保育園、小学校のときは日曜学校という、お寺でお経を読んで仏教のお話を聞いた後に鬼ごっこをする、という活動が毎週の楽しみでしたし、中学校、高校になると今度は自分でお寺でお泊まり会を開いて肝試しをしたりしていました。大学生になってからもバスを手配して、東京から愛知までのお寺合宿を5回以上企画しました。総勢100名くらいに来ていただいたのではないかと思います。「お寺に来ると穏やかな気持ちになれる」とか「日常のことを忘れられる」とか、そういうふうに言ってもらえることがすごく嬉しかったです。
今は週のうち3日は神社とお寺の検索サイト「ホトカミ」という会社で働いて、残りの半分は父が住職を務めている普元寺で写経会やお寺ヨガ、落語、生花など、様々なサークル活動の企画や立ち上げに関わっています。
神社とお寺の検索サイト ホトカミ
私の個人的な考えではあるのですが、浄土真宗は「ここにいてもいいんだよ」と思わせてくれる教えなんじゃないのかなと思っております。ですから、お寺が皆さんの居場所になるように、妹とも協力していろいろな活動をしているところです。
一緒に活動する妹さん(左)(写真提供=西脇唯真)
前野 西脇さんはインターネットでも発信したり場作りをしたりされていますよね。
西脇 そうですね。今はもうやめてしまったんですけども、一時期はTikTokで仏教を発信していた時期もありました。
前野 ブレイクしなかったんですか?
西脇 いえ、その反対ですごくバズったんです。仏教の専門学校に入ると同時にTikTokを始めて、4万人くらいのフォロワーがいました。でも本で読んだことをそのまま発信するような感じで、自分が自信を持って伝えられない感覚がずっとあったんです。それでやめてしまいました。
TikTokをやっていた頃の西脇さん(写真提供=西脇唯真)
前野 でもTikTokって若くないとできないでしょう(笑)。30年後に「さあTikTokやろう!」というのも違う気がしますし。親鸞が見ていたら「そんなことをやっていては駄目だ!」と言うのでしょうかね?
西脇 いや、許してもらえるような気がします(笑)。
前野 ははは(笑)。なんとなくなんですけど、浄土真宗のお二人は若いからか妙にリラックスしている感じがありますね。他の宗派のお坊さんがリラックスしていなかったとは言いませんけれども。
神崎さんは音楽が好きだということでしたが、西脇さんのご趣味は。
西脇 趣味ですか。そうですね、お寺に人に集まっていただいて、そこで皆さんとお話をする。もうそれが一番好きな時間です。
前野 お話というのは、お坊さんの説法のような一方的なものではなくて対話ということですか?
西脇 そうです。場と関わっていくという感じです。
前野 それもなんとなく新しい感じがしますね。
(つづく)
2021年慶應SDMヒューマンラボ主催オンライン公開講座シリーズ「お坊さん、教えて!」より
2021年8月30日 オンラインで開催
構成:中田亜希
(2)念仏で救われる