〔ナビゲーター〕

前野隆司(慶應義塾大学)
安藤礼二(多摩美術大学)

〔ゲスト〕
神崎修生(福岡県信行寺)
西脇唯真(愛知県普元寺)


應義塾大学の前野隆司先生(幸福学研究家)と多摩美術大学の安藤礼二先生(文芸評論家)が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画、「お坊さん、教えて!」の連載第5回は、浄土真宗の神崎修生さん(福岡県信行寺)と西脇唯真(愛知県普元寺)さんをお迎えしてお送りします。


(7)自他一如の境地を目指して


■往相と還相

安藤    行って戻ってくるという「往相(おうそう)」と「還相(げんそう)」という言葉がありますよね。一般的な浄土教では向こう側に生まれ直すことが最大の目標になると思うのですが、向こう側に行ったきりではなくて向こう側から戻ってくる。それから「横超(おうちょう)」、横向きに超えるという言葉も大変印象的です。このあたりについても、少しお聞かせいただけたらと思うのですが。

西脇    往相と還相はどちらも阿弥陀様のはたらきで、仏様のほうから見たら往相と還相は一緒に成立するのですが、人間の側から見たら一度やっぱりお浄土に行かなければ還相もない、私はそのように教わりました。

神崎    阿弥陀様のお力によってお浄土という仏様の国に生まれさせていただく。そうしたあり方が往相です。お浄土に生まれると仏になる、すなわち成仏するわけですが、ここでいう「成仏」は人が亡くなったときに「お成仏しました」というような一般的に言われる成仏ではなくて、「人々を救おうとされる方になる」という意味です。
    仏となり、そしてまたこの世に還って、人々を救うはたらきをする。そうしたあり方を還相といいます。
『歎異抄(たんにしょう)』には、自分が先に仏となって今生でご縁のあった方々を救い導いていく、そういうような親鸞さんの言葉も残されています。この世で生きることだけにとどまらない、そういった世界観があると思いますね。

信行寺門信徒との写真(神崎修生)-s.jpg 291.56 KB
信行寺門信徒の方々と(写真提供=神崎修生)

■阿弥陀如来と真如

前野    上座部仏教には阿弥陀如来や大日如来という存在は出てきませんよね。上座部仏教はブッダとブッダの哲学だけでとてもシンプルであるのに対して、大乗仏教はスーパーネイチャーの存在が出てくるところが「宗教らしい」印象があります。我々サイエンティストから見ると、阿弥陀如来というのは架空の存在なのではないかと思ってしまうところがありまして。
    阿弥陀如来や大日如来を「利他の象徴」であると仮に仮定すると、それが自分の中にあると考えることによって元気を出させるのが大日如来である。一方で、自分の中にあると考えると自分で頑張ろうとしすぎちゃったり反省しようとしすぎちゃったりするから、外にあることにして気を楽にするスタンスが阿弥陀如来である。そういうふうに如来も菩薩も比喩だと考えれば、上座部仏教とも科学とも、まさに幸福学とも重なっているように感じます。
「南無阿弥陀仏と言えば救われるんだよ」というのは「大丈夫ですよ、今のままでいいんですよ」「もう宇宙がそれでいいと言っているし、世の中の関係性で生きていくだけだから安心していいんですよ」と、幸せの条件の中の「なんとかなる因子」とか「ありのままに因子」を突き詰めた結果の象徴ではないかというのが私のサイエンス側からのイメージなのですが、そう考えてもよいのでしょうかね?    よいのでしょうかね?って聞いても駄目なものは駄目かもしれないんですけど(笑)。

西脇    阿弥陀様というのは限りない光と命の仏様です。阿弥陀様は私たちにはなかなか理解し得ないさとりの世界、真如(しんにょ)の世界を私たちにもわかるように出てきてくださった存在です。しかも人格を持った存在として出てきてくださったことによって、すごく情に響いてくるものがあるのではないかと思います。
    昨年、仏教の学校に通っていたときに、細かいお経の作法がうまくできなくて「なんでこんなことをやらなきゃいけないんだろう」と暗い顔をして学校に通っていた時期がありました。できないことに拗ねて、あるとき一日休んだら、その翌日に何も言わずにそっとノートを見せてくれて、優しく練習に付き合ってくれた友人がいました。その気持ちに触れたとき、すごく自分が小さかったことに気づき、またここまで優しくしてくれることにありがたさを感じました。
    阿弥陀様もそういうふうに常に気づかせてくれて、常にずっと見捨てないでいてくださる存在だと思います。常に自分を見つめていてくださって、気づきを与えてくださって、「ああ、よかった」「ありがとう」という気持ちを思い起こさせてくれる存在だと思います。
IMG_4676-s.jpg 215.89 KB
神崎    現代人は基本的に科学的に物事を捉えますので、阿弥陀仏と言われてもよくわからないのは当然だと思います。我々浄土真宗の僧侶自身も、最初は「阿弥陀仏の救いのはたらき」と言われても全然ピンとこなかったという方もおられると思います。ですから、阿弥陀様の絵や仏像という「形」を通して、捉えようとしたりするわけです。
    もう一つ、仏様というのは、真如法性(しんにょほっしょう)と言って、さとりそのもの、真理そのものであるという考え方があります。我々は「この人はいい人だ、この人は悪い人だ」とか、「これは自分にとって得だな、損だな」というように、何を見ても自分中心の視点から逃れられません。しかしそういった自分中心の思考を超えるような、自分と他者との境界を超えるような仏のさとりがある。そのことを自他一如、そして真如というふうに表現するのです。
    人間にはなかなか捉えようがない大きなものがあって、それがあることで、我々は自分中心の考え方から少しでも離れようと努力することができる。努力しながらも、それができない自分に気付かされるわけですが、しかしだんだんと自分だけがよければいいという価値観とは別の生き方になっていく。そういうところはあるのではないかと思います。

安藤    鈴木大拙は真如を英語でsuchnessと訳しています。これが英語の定訳になっているのですけども、おそらく大拙が最初に訳したのではないかと推定されます。この訳からも分かるとおり、無限の光と無限の時間を体現する仏があるがままにあって、その働きによって我々は今こうある。そういうことが言えるのではないかと思います。

神崎    その「あるがまま」を親鸞さんは自然(じねん)と表現されていますね。

安藤    大拙はそのことも踏まえた上でsuchnessと訳したのだと思います。


■おわりに

前野    私は幸福学という現世で幸せに生きるための学問をやっています。幸せの学問は世界中にあって、「利他」や「人と共にいる」こと、あるいは「自分が自分が」ではなく「委ねることで幸せになる」といったことや「今ここにいることで幸せになる」など、研究によっていろいろなことがわかってきています。そういった中で、仏教の考え方は日本から幸福学を伝えるときの一つの思想のベースになるのではないかと思っています。
    私は家の宗教が浄土真宗なので他力本願については元々わかっていたつもりでしたが、今日はお二人から繰り返し教えていただいてとても腑に落ちました。今すごく満足しているのですが、聞いてくださった皆さんはいかがでしたでしょうか。
    自分の中に仏性があるという考え方もいいなあと思いつつ、ないと考える親鸞の潔さもすごいなあと思います。どちらが正解かという問題ではなく、自分がよりよく生きて、よりよく人生を終えられるためのいろいろなバージョンがあって、それ全体として日本の大乗仏教であり、上座部仏教も含めて仏教の大きな考え方なんだろうなあなんて思いながらお聞きしていました。
    最後にお二方から一言ずつお願いいたします。

西脇    今日は私の拙い話を聞いていただきありがとうございました。貴重な機会をいただきました。

神崎    今日はありがとうございました。抽象的な話を伝えるのは難しいなとあらためて思いました。また、日頃ここまで仏様の話ばかりをすることはありませんので、貴重な機会をいただいたなと思っております。
    人生を生きる中で、思うようにできなくて挫折したり、老いていろいろなことができなくなったり、病になっていろいろなことを諦めざるを得なくなる。あるいは大切な方との別れを経験したり、人間関係で悩んでしまったりする。そういう絶望や挫折の中で、「大丈夫だよ」と温もりを与えてくれる存在が仏様なのだと思います。
    こういったことを普段お寺ではお伝えしているのですが、今日はその仏様そのものについてダイレクトにお話させていただきました。私も拙くてなかなかお伝えし切れなかったと思いますけども、今日はこのような機会をいただいて本当にありがとうございました。

安藤    「お坊さん、教えて!」ではいつも実践の立場からお答えをいただけるので、とても勉強になっております。阿弥陀如来という大きな存在があるということが、おそらくこれからの世界や社会を考えていく上で、大変に重要になるのではないかと思っています。今日は貴重な機会をありがとうございました。

前野    次回は時宗から朝野倫徳(阿弥陀寺)さんと長澤昌幸(長安寺)さんをお迎えしてお送りします。その後、曹洞宗、臨済宗と続いていきます。「お坊さん、教えて!」も終盤に入ってまいりました。引き続きご期待ください。

(了)



2021年慶應SDMヒューマンラボ主催オンライン公開講座シリーズ「お坊さん、教えて!」より
2021年8月30日    オンラインで開催
構成:中田亜希



(6)未来の生き方の鍵になる大いなるものの視点