松本紹圭(僧侶)

春山慶彦(株式会社ヤマップ    代表取締役CEO)


松本紹圭氏がホストを務め、さまざまな分野における若きリーダーと対談し、新しい精神性や価値観を発見していく「Post-religion対談」。今回は登山地図GPSアプリ「YAMAP(ヤマップ)」を中心に、登山やアウトドアに関する事業を展開する株式会社ヤマップ代表取締役CEO春山慶彦氏との対談です。「山を歩く」という行為から現代社会を生きるために必要な価値を見出し続けてきた春山氏は、松本氏との対話を通してその意義をさらに深めていきます。松本氏が提唱する「私たちはいかにしてよりよき祖先になれるか」という視点が、山が教えてくれる精神性や身体感覚と結びつき、「人は、どこから来てどこへいくのか。私たちは、今をどう生きるか」という問いの本質へと向かっていきます。登山から始まり、マインドフルネス、現代の修養、自己と霊性、祈りと世界など、様々なテーマがつながっていく最先端の対談をお届けします。


第1話    山が教えてくれること


■ヤマップ創業10年

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春山慶彦氏(左)、松本紹圭氏(右)
松本    お久しぶりです。変わらず、山の事業をなさっていますか。

春山    もうとことんやっていますね。登山アプリ「YAMAP(ヤマップ)」は380万ダウンロードを超えました。登山人口は600万から700万と言われていますので、今の段階では圧倒的にシェアを取れています。
    ヤマップの創業は2013年だったので、そこからちょうど10年。「自分たち人間も生きものであり、自然の一部であるという感覚・感性を、登山や自然を歩くという経験を通してどう社会に実装していくか」ということを、今、登山をしていない人に向けてようやく届けていける段階になったかなと思っています。やっとスタートラインに立てたという感じです。
    最近は「山歩(さんぽ)」という言葉を打ち出しています。登山というと、人によってはものすごくハードルが高くて難しそうなイメージをお持ちです。だから、お参りをするとか、自然の中を歩く、河川敷を歩くなど、幅の広い括りで山を歩くことの意義を、「山歩」という新しい言葉とセットで伝えていきたいと思って、「山歩プロジェクト」を始めました。

松本    私はもともと山登りには縁がなかったのですが、長男が山が好きなおかげで一緒に行くようになってから、山に親しむようになりました。春山さんに以前、「一緒に登りましょうか」とお誘いいただいて、長男も連れて一緒に登りましたね。

春山    いやあ、いい経験でした。

松本    長男は「僕は別にアルピニストになりたいわけじゃない。山は征服するものではない」というようなことをよく言うんですよ。先ほど春山さんが「自分たち人間も自然の一部であるという感覚・感性」と言われましたけど、まさにそういう感覚を持つための体験として、長男は山登りを大事にしているようです。

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登山の風景(写真提供:YAMAP)

■山は循環の象徴

松本    いま山歩プロジェクトのお話もありましたが、春山さんの山に対する思いを聞かせてください。
春山    山に対する思いに関してどこから話せばいいか迷いますが、最初に、僕にとっての「山」というものの定義についてお話ししたいと思います。紹圭さんの息子さんと同じように、僕も山が征服の対象であるとはまったく思っていません。
    僕が一番しっくりきているのは、白川静(しらかわ・しずか)先生の定義です。白川先生は『字統』(平凡社)で「山は霊気を生ずるところ」と定義されています。生きものにとって必要な水や土、空気などの要素は山からもたらされる、ということですね。もっと噛み砕いて言えば「循環」です。山や森は循環の象徴であると。
    お盆になると祖先が山から戻ってきて、また山に帰る。そのために送り火という習慣も残っています。山というのは単に物理的、生物学的に大事というだけではなく、「霊が帰っていく場所でもある」という意味でも大事にされてきました。しかし現代社会において、山をそういうふうに見ている人たちがどれだけいるでしょうか。


■あの山は私の中に入る

春山    今、山が荒れています。荒れているというのは僕らの山に対する精神性の表れです。僕らの精神が山から離れてしまったので、山に対するリスペクトが失われてしまった。ですから、山を自分たちでどうよくしていくかという議論も一向に出てこないんです。

松本    確かにそうですね。

春山    この部屋に舟越桂(ふなこし・かつら)さんの絵があります。

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舟越桂氏の作品
    絵の下に書いている、舟越さんの「あの山は私の中に入る。そう思った日があった。」という言葉が僕はすごく好きなんです。舟越さんは山を見ていて、ある日突然そう思ったのだそうです。
    僕も舟越さんと同じように、山を登るということは、その山が自分の中に入ることだと思っています。僕はいま福岡に住んでいますが、福岡から見える脊振山(せふりさん)に登って、脊振山から福岡市を見下ろすと、自分たちの住んでいる街が立体的に見えます。その立体的なイメージをもとに福岡で暮らすのと、そういう立体的な視野がまったく育まれない状態で暮らすのとは、捉え方が全然違うと思うんですよ。
    立体として世界を捉えるという意味で、山はとても重要です。別に知識や言語でそれを無理やり教えこまなくたって、登山をするとその経験が自ずとできます。
    松本さんのお住まいの京都もそれがやりやすい場所ですよね。

松本    パースペクティブそのものの体験ですね。

春山    そうですね。そのパースペクティブが絶妙なんです。神の目でもないし、虫の目でもない。山から見えるあの高さの塩梅が絶妙だなと。

松本    鳥でもないし。

春山    ええ、鳥でもないんですよ。歩いて山を少しずつ上がっていくと景色が変わっていく。そのプロセスを経て頂上に立つと見え方が変わります。だからもしヘリコプターで頂上に辿り着いたとしても、本当の意味でそのパースペクティブは身体化しないのではないかと思いますね。

松本    なるほど。

春山    出会った美しい風景によって人生が支えられることもありますよね。自分の人生を支えてくれる大事な出会いが、山を歩いて登るという原始的な行為によってもたらされる。
    歩くという最先端の行為で、風景と接続するというのはむちゃくちゃ面白いし重要ではないかと思います。それが感覚としてわかるくらい、僕らは「生きもの」だと思います。


■自然に対する社会的な切実さ

松本    YAMAPのアプリを始めてもう10年なのですね。

春山    リリースして10年、思いついたのは2011年5月だったので、そこから数えると12年ぐらいですね。

松本    春山さんの基本的な思いは当時から変わっていないと思いますが、春山さんの思いを聞いてくれる人が昔に比べて増えた感覚はありますか?    10年前だったら春山さんが何を言っているのかよくわからないという人も少なくなかったのではないかと思うのですが。

春山    ええ、増えた感覚はあります。この10年で自然との関係性や、僕らがどういうふうに暮らしを作り直していけばいいかということが切実な課題になったと感じます。逆に言うと、それだけ社会が悪くなっているということでもあると思います。3.11でエネルギー問題に直面して、放射能がばら撒かれて食に対してのイメージも変わりました。その後コロナがあって戦争もあって、そういう文脈の中で、ヤマップがテーマにしている自然と人間の関係性、あるいは自然の一部である人間の暮らし方というテーマがより一層重要になってきていると思っています。
    宇沢弘文(うざわ・ひろふみ)先生が仰っていた社会的共通資本、自然資本というのをどういうふうに経済的に組み込めばいいのかとかという議論も活発になってきました。SDGs、ESGはその表層だと思いますけど、そういったものが出てくるくらい、環境問題や私たちの自然観がいま問われている、だいぶ自然に対する社会的な切実さが高まっているように感じます。

松本    表層が表層として成立する、その背景があるということですね。

(第2話につづく)


2023年5月22日    福岡・ヤマップ本社にて対談
構成:中田亜希
タイトル背景写真(尾瀬の風景)    写真提供:YAMAP
対談写真    撮影:編集部



第2話    よき祖先になるための今 

お知らせ

『WEBサンガジャパン』「Post-religion対談」連載でもお馴染みの松本紹圭氏による対談イベントを2023年9月15日(金)に開催します!
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サンガ新社セミナー(オンライン参加&会場現地参加)
松本紹圭師 × プラユキ・ナラテボー師    産業僧対談

〈僧侶との対話 × AI〉で向上する働く人のウェルビーイング
〜企業組織の抜苦与楽を実現する仏教とテクノロジーの融合〜


【お坊さんが会社の中にいてくれたら、私達の働き方はどう変わる?】
今、企業のなかに「お坊さんとの対話」を取り入れる「産業僧」の活動が注目されています。「産業僧」は、人生に起こる様々な苦に対応し、日々の習慣から生き方まで、人生のウェルビーイングを高めていく役割を担っています。

今回のセミナーでは、産業僧として現場で多くの実績を積まれている松本紹圭さんとプラユキ・ナラテボーさんを講師としてお迎えし、この産業界に起きている変化を社会を変える重要な糸口としてとらえ、お二人の対話から学んでいきたいと思います。

開催日は9月15日(金)、会場は東京・神谷町、近隣で働く人の心のオアシスにもなっている光明寺さんです。「オンライン参加」と「会場現地参加」をご用意しましたので、ぜひご参加ください。

【開催日】2023年9月15日(金)

【時間】19:00〜20:30
(※前後に「会場現地参加のみ」のプログラムあり)

「会場現地参加のみ」のプログラム
〔18:00〕開場
〔18:30〜19:00〕〈開演前〉瞑想指導 : プラユキ・ナラテボー師による瞑想指導
〔20:30〜21:00〕〈終演後〉懇親会

【会場】東京・神谷町    光明寺

【参加方法・参加費】
・オンライン参加    3,500円
(見逃し配信付)
・会場現地参加    6,000円(定員50名)(見逃し配信付)(「〈開演前〉瞑想指導 」&「〈終演後〉懇親会」あり)