【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】
皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日は盗難被害に遭って落ち込んでいる方からの相談に、スマナサーラ長老が答えます。
[Q]
思いやる気持ち、慈しみが人生を変えると納得して、朝晩と慈悲の冥想、また歩く瞑想など続けて、日々爽やかに過ごしていたのですが、ある時に身近な人から盗難被害に遭ってしまいました。そのことが辛くて、その後強い鬱状態になってしまいました。何も考えられなくなって、話を聞いても頭に入らなかったりして、行動もできなくなりました。現実を受け入れ元気になりたいのですがどうしたらいいでしょうか?
[A]
■「私のものではなかった」と思いましょう
精神的に悩んでいる原因は、失ったものを「私のもの」だと思っているからなのです。私たちは毎日、何かを失っていくのです。例えば、健康がなくなっていく(病)、年を取っていく・若さがなくなっていく(老)、使っている品物も古くなって壊れていきます。ですから、生きるというのは自分からいろいろなものが失われていく過程なのです。そこで「私のもの」「自分のもの」と思ってしまうと頭がパニックになり固まってしまいます。なぜなら「私のもの」は、何ひとつも無いからです。
この身体が自分のものだとしたら、なぜ病気になるのですか? 身体は身体の勝手で変わっていきますね。この身体すら自分のものではありません。現実として、毎日ものが失くなる・消えることが生きることであると理解してください。そのひとつの現象に引っかかってしまうと、カッコ悪いと思ってください。失くなった品物は、「これは元々、“私のもの”ではなかった」という見方で捉えてみてください。
■開き直りが大切ですが、「感謝の期待」は禁物です
あるいは開き直って「私のものでも持っていって、幸せになってくれればいい」と思ってみるとか、または「あれは、あげたことにします」と思ってみてください。その時、気をつけてほしいのですが、あげたのだから感謝してほしいなど、感謝を期待するようには考えないでください。感謝を期待するのも執着ですから。感謝を期待してあげる場合は、完璧なあげる行為にはなりません。泥棒に入られてものが無くなった場合は、無くなった品物に対して執着を抱いて、精神的に落ち込む必要はありません。あげたことにして、気持ちを楽にしてみるのです。「この家に〇〇の品物があったけど、それは泥棒にあげました」と、明るく言って笑える人間になって欲しいのです。泥棒は感謝しないでしょう。でもいいのです。何かを正しくあげる場合は、見返りとして感謝を期待しないのですから。
■「すべてなくなること」が生きることです
すべて失って、なくなっていきますよ。すべてなくなることが生きることなのです。現実的に生きるとは、そう理解することなのです。人間は、ものを得ることが生きることだと勘違いしています。しかし、現実はその反対です。毎日、毎時間、毎秒、毎瞬、何かを失っているのです。呼吸する度に酸素が燃えるので、細胞が弱くなっていく。それが老化で、生きることなのです。瞬間、瞬間なくなっていく過程が生きること。それを理解すれば楽になれます。気持ちいいのです。
逆に「これが無い、あれが無い」「これがあれば、あれがあれば」と考えると苦しくなってしまいます。例えばご飯を食べる時でも、「これを食べれば元気になる、健康になる」と思って「何かを得たい」という執着で食べることはダメです。変に思うかもしれませんが、「これを食べても身体は壊れる」「食べたら消化するのに大変だ」と考えるのが正しいのです。身体の中で食べ物を燃やしてエネルギーを作るのですから、燃やすと細胞も衰えてしまうのですから、結局は食べることで年を取って死んでいくのです。では、食べなかったらどうなりますか? 死にます。どちらでも同じことです。どちらの現象を見ても、なくなっていく過程が生きることになります。
■強風にも折れないしなやかな樹のように
盗難に遭って何か品物がなくなったという程度は、どうということはありません。精神的に悩むことではありません。毎日、命そのものがずっとなくなって、消えて、削れていっている、ということを憶えておいてください。なくなること・消えることの何かに引っかかってしまうと、精神状態が硬くなって動かなくなってしまいます。そうすると更に、命は早く燃えてしまうのです。命は滑らかに、緩やかになくなっていけばいいのです。例えば、頑丈で堅い樹があるとします。堅ければ強風で折れたりしますが、風が吹いても樹がゆらゆらと柔軟にしなるなら折れません。そのように心を、現実を受け入れない、頑丈で堅い樹のような状態にしてはいけません。「なくなる・消えることが命である」という方向で観察してみてください。頑張ってください。
■出典 『それならブッダにきいてみよう:こころ編3』