中村圭志(宗教研究者、翻訳家、昭和女子大学・上智大学非常勤講師)
ジャンルを問わず多くの人の心に刺さる作品には、普遍的なテーマが横たわっているものです。宗教学者であり、鋭い文化批評でも知られる中村圭志先生は、2023年に公開された是枝裕和監督・坂元裕二脚本の映画『怪物』に着目。カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したこの話題作の背後に「宗教学的な構造」を発見し、すっかりハマってしまったそうです。大学の講義で学生たちも驚いた独自の読み解きを、『WEBサンガジャパン』にて連載。全六章(各章5回連載)のうちの、第三章です。
第三章 告白のダイナミックス ── 神と良心と禅問答[4/5]
第3の注目点──トロンボーンの禅問答
■怯えながらのカミングアウト
イラスト:中村圭志
さて、場所は音楽室に移ります。校長は湊にさらなる告白を促すことはありませんでした。湊は、そんな校長先生に真実を話す気になったようです。図をご覧ください。
(保利先生に関して)なぜ嘘をついたのか? 「好きな子がいる」が、人に言えないからである。本当のことを言うと「幸せになれない」と言われるからである。――子供らしいたどたどしい言い方ですが、これが嘘の理由についての説明であり、性的指向についての婉曲なカミングアウトでした。
湊の言い方には怯えが表れています。「好きな子がいる」プラス「幸せになれないと言われる」だけで分かってくれ、ということです。おまけに「あんまりわからないんだけどね」という前置きもついています。「豚の脳」についての面倒ないきさつは省かれています。
理解されるためにはきちんと説明する必要があるのだけれども、きちんと説明して拒絶される可能性もあるから、きちんと説明したくない、という気持ちが表れているのです。
果たして校長先生はこんな謎かけで分かってくれるでしょうか?