国府田 淳
(クリエイティブカンパニーRIDE Inc.Founder&Co-CEO、4P's JAPAN Inc. CEO[Pizza 4P's Tokyo@麻布台ヒルズ])

気候変動、戦争、格差、パンデミック、ストレスや精神疾患の増加など不確実性が高まり、心安らがない状況が続く昨今。外的な要因に振り回されずに地に足をつけて生きたい、今後のビジネスや生活を支える羅針盤を手に入れたいと考えている方は多いと推察されます。
そんな時代だからこそ、原始仏教がますます有用になるのではないでしょうか。私は日々のビジネスシーンや生活の中で、それを実感しています。
本連載は原始仏教とビジネスの親和性を描くことで、心のモヤモヤや不安を和らげる糸口を見つけてもらおうという試みです。(筆者)

第5回    原始仏教の到達点「悟り」とそれに至る「瞑想」の重要性③


5    自然について再解釈し、対峙することで見えてくること

    自然と対峙することの重要性についても少し触れておきましょう。現在の人間の生活は、特に都会では顕著ですが自然とあまりにもかけ離れてしまっています。コンクリートに囲まれ、庭などのない自然と遮断されたマンションに住み、移動の最中も地下の暗闇か建物だらけの景色の中で日々暮らしています。食料も遠くから運ばれて加工され、パッケージ化された工業用品のようなモノを食べている場合が多いでしょう。リモートワークが一般化し、仕事も自宅の部屋の中で1日中パソコンと睨めっことなれば、自然と接点を持つのはなかなか難しい。そういった環境で生活をしていると、当然、動物としての人間の力は失われ、本来備わっている感覚も鈍っていきます(新しい感覚が芽生えることもあると思いますが)。そうしたことの積み重ねが、現代病と言われるうつや糖尿病、アレルギー疾患などにつながっていると考えてもおかしくありません。

    解剖学者の養老孟司先生も都市から離れ、自然の中で感覚を取り戻すことが大事だと訴えられています。また、私も活動に参加している、現代人にジャングルを処方し原生自然感覚を養うという「西表島ジャングルクラブ」を主催する技術哲学者の七沢智樹氏は「人間と動物の境界が曖昧だった頃、人間は地球に住む生き物の一種に過ぎませんでした。人間がその野生時代の感覚を取り戻すことで、各々の社会でのパフォーマンスを上げることのみならず、原生自然に根付く暮らしからリアルな持続可能性のヒントを得る。そうした活動が、人にとっても、地球にとっても、ウェルビーイングのために必要なのでは」と語っています。

    私自身も時間が空けば、三浦半島や秦野、奥多摩など、都会からアクセスしやすくて自然に身を置けるところにサクッ出かけてハイクや瞑想をしています。さらに、子供ともよく森に出かけて虫取りをしたり、西表島ジャングルクラブに定期的に参加するなど、身体レベルで自然を感じることを強く意識しています。

    ただ、自然を美化しすぎるのも問題です。自然は時に脅威であり、残酷な振る舞いをします。2024年、能登半島の地震でも、その残酷さを改めて感じることとなりました(被災者の皆さま、お見舞い申し上げます)。自然は世界の成り立ちそのものであり、苦を前提とする仏教の世界観を表していると考えることができるでしょう。自然と触れ合っていないと動物としての能力を失ってしまいますが、自然に無自覚に身を任せすぎると生命の危機に瀕することもある。自然とさまざま角度で向き合うことで、縁起や四聖諦、八正道、「悟り」の感覚を深く感じ取ることができ、中道の大切さを確認することにも繋がります。

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埼玉県秩父市の大陽寺で行われた
「研究者のための瞑想リトリート〜自然の静けさの中で自分を見つめる体験から学ぶ〜」
(撮影=国府田 淳)


6    「悟り」を具体的にビジネスに活かす方法

    一般の生活の中で、「悟り」の感覚に触れようとするアクションをすることで、苦を減らし、コンパッションを醸成できることについては、先ほど紹介した図で説明しましたが、では具体的にビジネスにおいて、その感覚をどのように活かすことができるのでしょうか。私は特に以下の4つについて役に立つのではないかと考えています。

1    社会的インパクト、持続可能性に根ざした長期的な視点
2    共感型のリーダーシップ
3    メンタルヘルス・ストレス管理
4    コーポレートガバナンス

    まず「社会的インパクト、持続可能性に根ざした長期的な視点」についてですが、ビジネス界全体の大きな流れとして、過度な利益追求や成長至上主義に固執、自社の利益を追求するのではなく、長期的視点をもとに社会に良いインパクトを与えることができるか、地球にやさしく持続可能性があるのか、または地球を回復・再生することができるかという点に重きを置くことが当たり前になりつつあります。

    各社が地球に与えるインパクトを可視化するインパクトレポートやサステナビリティレポートなどを発行し、SDGsやサーキュラーエコノミーを推進することも一般化しています。そうした潮流の中では、企業活動における主語も「私」から「私たち」へと、自我に固執するのではなく、すべては関係性で成り立っているという世界観を元に共創していく姿勢が大切になります。またビジネスの原動力になる人々の心へのアプローチも、短期的に欲望に火をつけて煽るようなものではなく、長期的に人々に寄り添って役に立つという目線を意識するようにスライドしています。

    リーダーに求められる資質についても、ここ10年でずいぶん変わりました。従来のピラミッド型の組織では、強力なリーダーシップでグイグイ引っ張っていくタイプが重宝されましたが、インターネット関連企業を中心にティール型のフラットな組織が一般化してきた昨今、より共感型で人々に寄り添いながら、個々のパフォーマンスの最大化していくようなスキルが必要になっています。共感力のあるリーダーこそ、従業員のモチベーションを高め、チームの協力を促進してビジネスを成功へと導くことができます。共感を育むために、縁起の考え方をベースに判断することは有効でしょうし、四聖諦をベースとしたコーチングや、日々の具体的な施策として八正道を取り入れるのも効果を発揮するでしょう。

    さらに力で型にハメるような従来型のマネジメントは、ネガティブな要素を排除していく傾向があり、ある意味摩擦が少なく(表面化していないだけ)楽だとも言えます。共感型のマネジメントは、個々の思いや気持ちに寄り添うため、精神的な負担は増え、ストレスフルになることが予想されます。そういった時に、立ち現れた事態に翻弄されず、ありのままを観察しながら、感情的な反応を抑えられるようになると、困難な状況でも冷静に対応するリーダーシップを発揮できます。それこそ四聖諦をベースに物事を考え、瞑想や「悟り」の感覚で精神を鍛えることが役立つのではないでしょうか。特に現代のビジネスでは、自他問わずメンタルヘルスやストレス管理が重要視されているので、いつでも心の平静を保つことは大きな利点となります。

    企業の倫理性や道徳性を問われるコーポレートガバナンスもビジネスにとって重要なキーとなっています。誠実で透明性のあるビジネス運営は、長期的な信頼を築き、企業価値を高めます。また、従業員や顧客、パートナーに対して公正な対応をすることで、持続可能な成長を促すことができます。本当に地球のことや人々のウェルネスやウェルビーイングに根ざした活動であるためには、倫理性、道徳性がしっかりと担保されていることが必須となり、それには極端に偏らない視点やコンパッションが有効に作用するでしょう。


7    AIにとって変わることができない身体性と自然との関わり

    AIの話題にも触れておいた方が良いでしょう。先ほど、世の中に漂っている世俗的な事象と五蘊と環境とが渾然一体となって、自性・仮和合(一般的な意味での自我)が生じるメカニズムについて説明しましたが、AIによって世俗的な事象と五蘊の結びつきから生じるパターンは無限に生み出すことができるので、過去の事象から未来の選択肢を導き出すという営みでは人間に勝ち目はなさそうです。また縁起や四聖諦、八正道、「悟り」の感覚も、AIの方が圧倒的な数の分析から優れた解釈を導き出せるので、素晴らしい倫理性や道徳性を提示・実装することにおいてもAIが優位でしょう。例えば人間の私情や国家間の因縁を挟まず、争い事をなくすプログラムを作り、うまく社会実装するためのプランまでAIを活用して導き出すことができそうに思います。

    ただ、瞑想によって微細な感覚と空=智慧、とコンパッションと結びついた「悟り」の感覚を得たり、自然の中で自然の一部として成り立っているという感覚を得たりすることなどは、当然ながら身体性を伴うのでAIにとって変わられることはありません。「悟り」の境地においても、少なくとも言語化できない領域、言語化した瞬間に安っぽいスピリチャリティとして他人に伝わってしまうような領域になるため、AIによる分析や説明は難しいかもしれません。また、自分の感覚や知覚は100%他人には分かり得ないというこの世界の不思議な成り立ちを捉えることもAIにはできません。

    仮にメタバース上でさまざまなことが完結するようになり、それで幸福を感じるようになる素晴らしい世界が実現したとしても、その世界の範囲内で生活している限り、すべては分析可能な同じような感覚や知覚、認識が蔓延する世界で暮らすことになります。もし独自のユニークネス、この世の中に、私という個がなぜか誰にもわかり得ない感覚や知覚を持たされて生じたことをありのままに捉えたなら、身体性にフォーカスしたり、世俗的な感覚に侵されていない自然との距離を縮めたりしながら、この世界で生きるということへ感謝や喜びを感じることは生身の人間ならでは特権になります。

    AIの大きな可能性としては、人間の個々の表現をより豊かにしてくれるということです。一般的な仕事や生活がAIにより平準化されることにより、人々がより自分のやりたいことや表現を楽しんだり、没頭できたりするようになる可能性があります。それにより文化や芸術が花開き、より豊かで多様な社会が描けるかもしれません。こうした時も、個々の身体性は大いに重要な価値となるでしょう。

    このようにAIの話題にしても人間とAIを分けて考えるのではなく、人間とAIの互いの特性や価値を見極めた上で、より豊かな未来を築けるように考えていく必要があります。そのために極端に偏らない姿勢は欠かせませんし、原始仏教の思想が大いに活かせるのではないかと思います。

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インド ダラムサラ近郊のサンセット(撮影=国府田 淳)


第6回に続く(2025年2月掲載予定)

第4回    原始仏教の到達点「悟り」とそれに至る「瞑想」の重要性②