アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「差別や不公平を無くすために」です。

[Q]

    格差社会といわれて久しいですが、例えば世界には現実に人種差別があります。日本でもどこでも権力を持っている人たちが勝手にルール(不公平)を作る。そのような場合でも差別や不公平を受け容れて生きていく必要は無いと思うのですが、いかがでしょうか?


[A]

■理性的な訴えが必要

    理性的であってください。人種差別は良くないことだから「人種差別はおかしい」と言うことは構わないと思います。しかし、訴える場合、自分の言葉が届くかどうかは自分の心の成長次第なのです。例えば「人種差別するあなたはけしからん」と言ってしまうと相手は聞いてくれない。なぜなら相手を見下しているからです。そうではなく、「科学的に見れば人間は平等でしょう。それを理解しましょう。頑張りましょう」というように説明すると聞いてくれる可能性はあります。

■ネットでの対話の実例

    ある人が昔、私にインターネット上で突然話しかけてきたのです。英語の使い方からみるとアメリカ人だと思います。チャットしていると彼が偉そうに、自分はキリスト教の愛というものをすごく大事にしていると言うのです。それはそれで有難いことですねと私は答えました。しかしその人はさらに「愛するということの本当の意味は、世の中の不公平を正すことである」と言うのです。つまり悪人を愛する必要は無い、それは人類にとってすごく悪いことだという意味です。私のスタンスとして「人は善人であれ悪人であれ関係なく愛します」と答えました。すると「それは良くない。けしからん」と私に言ってきました。世界中の、犯罪を起こす膨大な人々を放っておいていいのか?    と延々としゃべる。私は話を終了させたかったのでこのように書いたのです。「嫌な人を裁くことは犬猫にもできます。しかし、悪人にも慈しみを向けることは尊い人間にしかできません。私はその道を選びます」と。それで、相手はすぐに「あなたの言う通りだ。よくわかりました」と言って話は終わりました。

■不公平や差別を無くすための仏教的スタンス

    そういうわけで、私たちは人間の中にある差別を無くすために頑張らなくてはいけないのですが、その表現方法までもが差別的になってしまったら本末転倒です。訴える時も優しさで、人を裁かないことを心がけた方が結果が現れます。みんな他を裁こうとしているのです。ですから、平和運動は世界中で活発ですが、結果はゼロに近いです。その理由は攻撃的だからです。
    例えば人種差別の激しいアメリカやイギリスにも尊い人間はいます。頭がイカれているのはリーダーたちです。私たちが世の為にプラスアルファでできることがあるとしたら、人を裁くことをしないよう自分を戒めることです。ある人が「あなたたちの活動には参加したくない。あなたたちはヘンだ」と言ってきても、反論して自分の立場を強調するよりは、その人を断罪せずに、「すみません」と言った方がいいでしょう。
    そういうわけで、世の中の差別・不公平なこと、特に政治家の独裁的な姿勢などに対して立ち上がることは構いません。しかし、人を裁くこと無く、悪人善人と区別すること無く、「頑張って理性的になってください」という態度で訴えた方がいいですね。それが仏教的なスタンスです。




■出典    『それならブッダにきいてみよう: ライフハック編2』
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