アルボムッレ・スマナサーラ

【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日は「妻との会話が噛み合いません」という相談にスマナサーラ長老が答えます。

[Q]

    最近、自分の怒りに気をつけて生活するようにしています。それで怒りが起こるポイントに気づきました。自分は大事だと思った事を妻に話す時、つい話が長くなってしまいます。理解して欲しいと思って話しているのに、妻はすぐに興味を失ってしまいます。そのことに腹が立ってしまうのです。私が怒ると妻の方も腹を立てるので上手く意思疎通ができません。「話を全部聞いて欲しい」と期待すること自体、正しくないと頭ではわかっているのですが、それでも腹が立ってしまいます。最初から期待を持たないようにするためのヒントを教えてください。

 
[A]


■一方的にしゃべるのは法則違反

    あなたの場合は「会話」の意味をわかっていないところに問題があるのです。誰だって一方的にしゃべられるのはすごく嫌です。例えば、あなたの隣の人に頼んで一方的にしゃべってもらうとしましょう。あなたは嫌な気持ちになって聞くのをやめるはずです。これは生命の法則なのです。何人たりとも、一方的に伝えるということはできないのです。

■しゃべりの才能を持つ人は希少である

    しゃべりの才能を持っている人は世に稀な存在です。実際、世の中でスピーチができる人というのは極めて少ないのです。例えば、アメリカ大統領のスピーチは世界中に広まりますがとても短いです。彼らはほんの少ししかしゃべりません。それもプロのライターが知恵を絞って、舞台の台本を作るような感じで文章をとことん練り上げて原稿にするのです。それぐらい難しいのですね。ですから、一方的にしゃべるのは最低で、マズイことなのだと理解してください。
    そういう意味では私は一番いけないことをやっていますね。説法をしていますから。説法とは一方的にしゃべることですが、これは世の中で一番難しい仕事だと思います。ですから、私たち僧侶は出家した時点で徹底的にしゃべる訓練を受けるのです。説法の際には、興味の無い相手に興味を惹き起こさせるというテクニックを使います。しゃべっている最中に、なんとか相手の脳にアプローチして興味を惹き起こさせるのです。一時間しゃべるとすると、その間ずっとそれをやっています。ですから二つの仕事をしなくてはいけません。しゃべることと、相手の興味を惹き起こすこと。俗世間ではそこまでする必要はありません。説法とは真理を伝える仕事なのでそこまでやっているのです。

■生命ならば守るべき会話のマナー

    俗世間の会話の場合は、相手がどの程度まで聞きたいのかをチェックして、その範囲内でしゃべって終わるべきなのです。手短に話ができるならその人はすごく頭のいい証拠です。私のように話が長くなると大変です。私も短くしゃべることはできますが、そうすると難しすぎて相手が理解できなくなってしまうのです。ですから詳しく説明を入れることになって、時間も延びてしまいます。
    大事なポイントですからよく憶えておいてください。会話は相手が聞きたい時にだけ成り立つもので、そのリミットを超えたらあとはうるさいだけです。親子の会話でも時々、親が「うるさい」と言う場合があるでしょう。それは「聞きたくない」という意味なのです。子供たちがふざけて、いろんな下らないことをしゃべる。何の内容もない話ですが、親は喜んで聞いています。それでも時には「うるさい、黙ってなさい」という場合がありますね。その時には親の心に「聞きたい」という気持ちが消えているのです。
    家族に限らずどんな人との会話でも、相手が聞きたい範囲の時間でストップしなくてはいけません。これは全ての生命に共通したポイントです。

■会話の主導権は女性が握っている

    私たち人間にはさらに勉強しなくてはいけないことがあるのです。会話する場合、主導権はいつも女性に譲ってあげてください。会話という習慣は女性の世界に顕著なものです。女性には会話する能力があるのです。ひとつは、力を使わなくてもしゃべることができます。男性は一時間もしゃべるとクタクタになりますが、女性は五時間ぐらいしゃべっていても元気です。ですから、人間同士の会話では女性に主導権・リーダーシップを任せなくてはいけません。でないと、どうしても話がこじれてしまいます。
    もうひとつ。女性というのはあまり深く考えてしゃべりません。感情のままにしゃべるのです。ですから全然問題は起きません。男性が感情のままでしゃべるととても危険です。女性の感情というのはそれほど世界に迷惑をかけるものではありません。カワイイとかキレイで終わります。稀な方以外、女性は怒りや嫉妬や憎しみなどの破壊的な感情は持っていません。ですから、女性たちが感情のまましゃべることは別にそのままでいいのです。相手も相槌をうつだけで会話が成り立ちます。女性の方から「これはどういうことですか?」と訊かれたら、その時だけ答えてあげればいいのです。
    そういうことで、世間では男性は言葉数が少なくて、女性はよくしゃべるというのが普通です。決して私は悪口を言っているわけではありませんよ。それが自然の流れなのです。これを変えることはできません。私たちはそのことを理解するだけで充分です。これを理解する人になら冗談も言えます。女性に向かって「口が壊れたみたいだね。ずっとペチャクチャしゃべって」とニコニコして言えます。しかし、この自然の流れを理解していない人が口を滑らすとケンカになってしまいます。物事を理解している人・差別意識が無い人になら、一見差別的な言葉でも使いこなせるのです。
    ということで、二つ目のポイントは、会話はいつでも女性が導くものであって、男性はいつでもそれに付き従うということ。人間同士の場合はそのようにして会話が成り立つのです。動物同士の場合はそれぞれの種によって会話の仕方が変わります。鳥類の世界ではオスの方がうるさいです。メスはあまりしゃべりません。獣たちの世界、ライオンなども吠えるのはオスです。猫の場合はメスが結構しゃべります。人間という種の場合はメスがしゃべって、オスが黙っているという世界になっています。

■男にとって会話は修行

    しかし現代の人間社会では、男が表に立ってしゃべるようになっていますね。結果として、社会が上手く機能していないのです。トラブルや争いばかりです。インド文化では「美しい娘と、口が立つ息子がいれば幸せだ」ということわざもあるほどです。私は男が口達者でいいのかと思ったりもしますが。もしかすると、男に生まれたらしゃべるということは修行するべき項目なのかもしれません。ですから、男がしゃべりたければ訓練してからにしてください。自然に感情のままにしゃべることは絶対やめてください。
    私も訓練してしゃべっているのであって、この説法が終わったらしゃべりません。いつもは何時間でも黙っています。仕事としてならいくらでも説法できますが、感情でダラダラしゃべるわけではないのです。というわけで、会話をするなら感情を抑えるそれなりの訓練をした方がいいと思います。


■出典     『それならブッダにきいてみよう:人間関係編」 

人間関係編.jpg 151.38 KB