熊野宏昭(早稲田大学人間科学学術院教授)

第4回    実践編① 集中瞑想


日本におけるマインドフルネス研究の第一人者である熊野宏昭氏による、マインドフルネスの基本的な問いから応用的展開にまで及ぶ、格好の入門であり貴重な確認となる講義を全6回に分けて配信する。第4回。



■まずは集中瞑想から始めよう

    ここからは少し時間をとって、マインドフルネスの実践をやってみましょう。
マインドフルネスの実践は集中瞑想から入っていきます。たとえば30分のマインドフルネス瞑想をする場合であれば、最初の10〜15分間は集中瞑想をして、そのあと観察瞑想につなげていくとうまくいくことが多いです。
    また、これまでにまったくマインドフルネス瞑想の経験がなくて今日から始めてみようと思っている人は、最初の2〜3週間は集中瞑想だけを実践して「できるようになってきたぞ」と手応えを得たところで、観察瞑想に移っていくとうまくいきやすいと思います。なぜかというと、集中瞑想で集中していると眠くなってきて、そこで終わってしまうことが多いからです。でも集中瞑想をある程度続けていくと、寝ないでできるようになります。
    そこまでいったら、次に観察瞑想です。「観察瞑想で現実のすべてを感じ取るぞ」「自分の五感を通じて感じていることをすべて感じ取るぞ」というのはかなり難しいことなので、観察瞑想をしていてもあっという間に眠くなってしまいます。これは集中力が足りないのが原因です。集中力がある程度ないと、五感を通じていろいろなことを感じるところに気持ちをずっと置いておくことができません。ですからまずはしっかり集中瞑想に取り組んでみてください。


■質問コーナー① 眠くなってしまったら……

──眠くなった時はどうしたらよいのでしょうか?

    眠気は必ず起こりますので、諦めずに繰り返し練習をする。それしかないですね。練習すれば、あるとき眠くならなくなります。MBSRやMBCTで必ず実践するボディスキャンという実践がありますが、私は今でもうまくできません。ボディスキャンをすると本当に気持ちよく寝てしまいます。でもそれをずっと続けている人は寝ないでできるんですよね。ですから、やっぱり練習なんです。練習を繰り返せば必ず眠くならなくなると思いますので、とにかく練習をしてみてください。


■瞑想するときの姿勢

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    では実際にやってみましょう。まず背筋をすっと伸ばしてください。どんな瞑想をするときでも背筋をすっと伸ばすのが原則です。もちろん骨折していて背筋を伸ばせない場合などは、できる範囲でけっこうです。
    その他の身体の力はすべて抜けている姿勢をとります。少しだけ前屈みになりますので、下腹部に少し力が入ります。これが正しい座り方です。
    座るのは椅子でもいいですし、もちろん足が組めれば組んでやっていただいても構いません。手は太腿の上にただそのまま置いておいてもいいですし、お腹の前で重ねておいてもいいです。やりやすいようにしてみてください。
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■呼吸に伴う身体の動きに注意を向けていく

    そして、呼吸に伴う身体の動きと感覚に静かに注意を向けます。
    瞑想というのは意識を向ける対象が必ずあります。これは「瞑想」と「瞑想ではないもの」を区別するときの一つのポイントです。集中瞑想の場合、何に意識を向けるのかというと、「呼吸に伴う体の動きと感覚」です。このとき呼吸はコントロールしません。
    集中瞑想だけでやっていく場合は呼吸をコントロールすることもあります。たとえば坐禅の瞑想では呼吸をコントロールします。少し余談と宣伝になりますが、もうすぐサンガ新社から私が6人の先生方と対談をした対談集の本を出す予定です。この本はおそらく皆さんの人生観、世界観が変わるぐらいの内容になっていると思います。本の中で円覚寺の横田管長ともお話をしているのですが、横田管長の話によると、横田管長の先代の師は「とにかく坐禅では呼吸をゆっくり、ゆっくり、長く長くしていく必要がある」と仰っていたそうです。どこまでゆっくりしなくてはいけないかというと、水道橋からお茶の水まで一息で歩くぐらいなのだそうです。水道橋からお茶の水ですよ。水道橋を出発して、息を吸って吸って吸って吸って、歩いて歩いて歩いて歩いて、どこかから息を吐いて吐いて吐いて。で、息を吐き終わったらお茶の水に着いていた。というぐらい長くしなくてはいけないのだそうです。
    呼吸というのは非常に不思議な身体の現象ですけれども、標準的なマインドフルネス瞑想では、呼吸は「自然の一部」として観察の対象にしています。だからコントロールしないのです。


■お腹や胸のあたりに注意を向ける

    お腹や胸のあたりの動きに注意を向けて、そこの一番感じやすいところに注意を向けます。そして、「ふくらみ、ふくらみ」「ちぢみ、ちぢみ」とその感覚をそのまま感じ取ります。「ふくらみ、ふくらみ」「ちぢみ、ちぢみ」は心の中で唱えてもいいですし、唱えなくてもいいです。「なんかこう膨らんでる感じが感じられてるなあ」「縮んでる感じが感じられてるなあ」というのでもいいですが、初心者のうちは「ふくらみ、ふくらみ」「ちぢみ、ちぢみ」と心の中で唱えたほうがやりやすいと思います。
    呼吸はコントロールしないわけですから、たくさん吸いたくなって吸ったときは「ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ」となります。浅い呼吸の方が体が楽なこともあります。すると「ふくらみ」「ちぢみ」「ふくらみ」「ちぢみ」みたいなことになります。
「ふくらみー!ふくらみー!」「ちぢみー!ちぢみー!」と音頭を取って呼吸をコントロールするのはダメです。真逆です。そうではなくて、身体が勝手に呼吸をするのを気づきが追いかけていく。「あ、いま身体はいっぱい吸いたいようだな」「ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ」と気づきが追いかけていく。「あ、いっぱい出したいようだな」「ちぢみ、ちぢみ、ちぢみ、ちぢみ」というような感じでやっていきます。


■雑念が起きたら、戻る

    呼吸に注意を向けている最中に、雑念、五感、感情などに引き込まれていることに気づいたら、ハッと気づいて元に戻ります。これがマインドフルネスです。集中瞑想の中でも、ハッと気づくところでマインドフルネスが起こっているということを、ぜひ皆さん理解してください。「雑念が出てくるうちはまだ未熟なんだ」「雑念が出てこないようにしっかり集中していくんだ」というのも一つの考え方ですが、今やっているのは観察瞑想の準備体操としての集中瞑想なので、ここでもマインドフルネスの練習ができたほうがいいと考えます。
    だから、自然の一部としてのありのままの呼吸に気づく。そこからそれて雑念が出てきたら、そのことにハッと気づいて元に戻る。また何か出てきたらハッと気づいて元に戻る、というふうに実践していきます。
    マインドフルネス瞑想の文脈でいえば、雑念は出てくれば出てくるほどいいと言ってもいいくらいです。ハッと気づいて元に戻るという練習が何回もできますのでね。
    でも戻れずに雑念のことばかりずっと考え続けてしまったら、そこで瞑想は終わりになってしまいますから、そこまでいかないようにハッと気づいて元に戻るということが重要になります。


■実践!    集中瞑想

    では皆さん、実際に5分ぐらいやってみましょう。背筋を伸ばして、軽く目を閉じて、手は椅子に太腿の上にただそのまま置いておいてもいいですし、お腹の前で重ねておいてもいいですし、やりやすいようにしてみてください。そしてまずは今の自分の身体の状態、頭の中の状態をそのままちょっと感じ取ってみてください。

(実践中)

    では呼吸に伴う身体の動きに注意を向けていきましょう。男性はお腹の周りのどこか、女性は胸の周りのどこかが呼吸を感じやすいようです。鼻の先で息が入ったり出たりするのを感じるほうがうまくいく人もいると思います。いずれでも構いませんので、息が入ってくるときはその感覚を感じながら「ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ」、息が出て行くときはその感覚を感じながら「ちぢみ、ちぢみ、ちぢみ」とやってみてください。

(実践中)

    やっていて「なんか他のことを考えちゃった」というときは、それに気づいて「雑念、雑念」と自分に声を掛けて、「戻ります」です。そして、また呼吸に伴う身体の感覚に注意を向け直します。
    何か他のことを考えたときは姿勢も少し崩れていることが多いので、姿勢もちょっと整えて、「ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ」「ちぢみ、ちぢみ、ちぢみ」とやっていきます。

(実践中)

    それではそっと目を開けてください。これで集中瞑想は終わりです。


■雑念には欲の方向と怒りの方向がある
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「ふくらみ、ちぢみ」というのを感じていると、何かを考えたり、どこか痛いな、かゆいなといった五感レベルの雑音が入ってきますが、実は仏教では六根といって、感覚器は5つではなく6つあることになっています。非常に面白い考え方ですよね。
    6つというのは五感プラス自動思考です。「なんかふっと考えること」も感覚だと捉えているのです。言われてみると、確かに自動思考の内容は考えようとして考えているわけじゃないですよね。だから、変えようと思ってもなかなか変えることができません。
    認知療法では、自動思考も修正していこうとしていましたが、それがなかなかうまくいかないことが経験的にも理論的にもわかってきて、認知療法の発展系であるメタ認知療法では自動思考は修正の対象にせず、そういったものを生み出しているメタ認知的な信念のほうを修正していくという方法になっています。
    自動思考というのは五感でとらえたものに反応して起こる思考のプロセスの一番最初のところです。ですから、これも現実をかなり映していると考えられます。
    しかしこの自動思考はすぐに反芻思考を生み出し、バーチャルな世界をどんどん作り出して、心ここにあらずの方向に進めていきます。だから、痛みやかゆみが気になり始めて、そこで何かふっと考えが浮かんで、考え続けていることに気づいたら「雑念、雑念、戻ります」と呼吸に対する気づきに戻すわけです。
    気づきに戻らないで考え続けると、イライラしてきたり、あるいは欲が出てきたりします。
    欲の方向に行くのはどういうことかというと、「コーヒーが飲みたくなってきたな。でもいま瞑想中だし。でもコーヒー飲みたいな」という感じだったり、あるいは「通販で買いたいものがあったんだった。まだ売り切れてないかな。セールは今日までだったはず」とか、そんな感じです。そういうときも「欲、欲、戻ります」とやると、再び呼吸に対する気づきまで戻ることができます。


■怒りと欲のさらに奥にあるのが無智

    怒りや欲のさらに奥にあるもの、それが仏教で言う無智です。貪・瞋・痴の痴ですね。仏教的に言うとこれが煩悩の親玉、ラスボスです。これがすべての苦しみを作り出していると考えられています。
    瞑想中にここまで行ってしまうこともあります。もう起きているのか寝ているのか瞑想しているのか思い出しているのか考えているのか、なんかよくわからない、というような感じだったりします。
    こういうときは諦めて瞑想をやめるというのも対処法の一つですが、「寝てたのかな。なんかイライラもしていたな。うまくいかないな、今日は」と気づいて「混乱、混乱、戻ります」と再び呼吸に戻ることもできます。
    現実以外がもっとも含まれていないのが「呼吸に対する気づき」のレイヤーですので、そこにとにかく戻っていく。それがマインドフルネスの集中瞑想パートでもっとも大切なポイントです。
    この集中瞑想はマインドフルネスの実践の準備体操でもありますが、マインドフルネスの実践そのものになっているという部分もあります。これを練習して瞑想が深まってくると、だんだん呼吸に対する気づきのレベルで長い時間とどまれるようになります。
    うつや不安の症状がある場合は、欲や怒り、混乱や反芻、心配などにつかまっている時間が長い傾向がありますが、症状が改善してくると、現実がよく見えるところにいられる時間が増えてくることがわかっています。ですからこの集中瞑想のパートをマインドフルネスを意識しながら続けていけば、うつや不安もよくなってくるということが考えられます。

(つづく)

構成:中田亜希
「マインドフルネスとコンパッション」2021年12月25日(日本マインドフルネス学会第8回大会)より。

第3回    マインドフルネスを実現する
第5回    実践編② 観察瞑想


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