熊野宏昭(早稲田大学人間科学学術院教授)

第3回    マインドフルネスを実現する


日本におけるマインドフルネス研究の第一人者である熊野宏昭氏による、マインドフルネスの基本的な問いから応用的展開にまで及ぶ、格好の入門であり貴重な確認となる講義を全6回に分けて配信する。第3回。



■気づいたら、そのままにしておく

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では、マインドフルネスの実践法に入っていきましょう。
    マインドフルネスの実践の第一段階は、「心を閉じない、呑み込まれないでありのままの現実に気づく練習」です。いいことであっても悪いことであっても気づく。集中するとかリラックスするとか、そういうことではなく、とにかく気付く。MBCTやMBSRは8週間で実践するのが標準的ですが、最初の3週間ぐらいはとにかく気づく練習を行います。「気づいたことを報告してください。気づいたことをみんなでシェアしてください。うまくいかなかったということも大きな気づきです。気づこうと思ったら気がそれて雑念が出てきてイライラした。それも気づきですよ。とにかく気づいたことを報告してください」とお伝えして、皆さんに一生懸命練習していただきます。
    では気づいたらどうするのか。非常に重要なポイントです。
    不安になっていると気付く。どんどん落ち込んで嫌なことが出てきたと気づく。気づいた方は尋ねます。「先生、この不安をどうすればいいのですか?」「落ち込んでいるのをどうしたらいいのですか?」「今までの習慣通りにやるとうまくいかないことはわかりました。じゃあどうすればいいのですか? このままにしておくのはまずいですよね」と。
    これに対するマインドフルネスからの答えは、実は「そのままにしておく」です。これがマインドフルネスのやり方です。
「えっ、そのままにしておくんですか? 私、この不安をなんとかしたいんですけど」「元気になりたいんですけど」「マインドフルネスができるようになりたいんですけど、そのままにしておいていいんですか?」
    はい、そのままにしておくのがマインドフルネスなのです。
    これはやはり大きなカルチャーショックというかびっくり体験ですよね。我々はギャップ体験と呼んでいるのですが、こういったギャップ体験をいかに増やしていけるかが、マインドフルネスを実践していくときに非常に大きなポイントになります。普段過ごしている自分の頭の中の世界から外に出ると、ギャップを感じられるわけですが、このギャップ体験がマインドフルネスを進めていくし、マインドフルネスの果実を大きなものにもしていきます。


■すべては移り変わる

    なぜそのままにしておいていいのかというと、我々のすべての体験、あるいは現実で起こっているすべての現象は変化していくからです。これを無常といいます。常なるものはないのです。
    無常というと悲しい感じがしますよね。どんどん年を取ってそのうち死んじゃうんだな、とか、恋人と今は盛り上がっているけど、これがずっと続くことはないんだな、とか。
    それと同じで、不安も変わるんです。わーっと不安になっても、必ずピークがあって必ず消えていきます。
    そういう意味で、「無常は友達」なのです。「無常は友達」、これはマインドフルネスを皆さんが自分の生活で活用していくときの、あるいは対人援助職の方がマインドフルネスを使っていくときの本当に大事なポイントです。無常を生かすことができれば、不安やうつも自然と鎮まってそこから抜け出すことができるようになっていくのです。


■集中力は必要だが、それだけでは十分ではない

    集中力は必要ですが、それだけでは十分ではありません。集中では現実の一部しかわからないからです。
「スポーツをやっているときなどに出てくるフローの状態とマインドフルネスは近いですか?」と聞かれたことがありますが、フローはどちらかといえば集中瞑想に近いです。多少、観察瞑想の要素も入っていますが現実の一部にしか注意が向かっていないという意味で、マインドフルネスとは少し違っています。
    だから「注意の集中」から「注意の分割」に移行していくことがマインドフルネスの非常に大きなポイントになります。どこまで注意を分割するのかというと、「できる限り最大限」です。感じ取れる最大限まで注意を分割して分割して気を配っていく。これがマインドフルネスの進め方です。


■ウォーキングが、とてもよい実践方法になる

    じゃあそれをどうやって実践するのかということですが、ウォーキングがとてもよい実践方法になります。何かのついでに歩くのではなく、歩くために歩く。それが重要です。
    通勤は運動にはなるかもしれませんが、マインドフルネスの練習にはなかなかなりません。私ももちろん経験があります。朝、駅まで行くときというのは急いでいますよね。私の場合、家から駅まで10分かかるのに私はいつも9分前に出るんです。すると、普通に歩いていくと間に合わないので走ることになります。当然苦しくなります。「ああ、苦しい。なんで俺はいつもこうなんだ。あと1分早く家を出ればゆっくり歩いていけるのに。ああ、でもそんなこと考えていたら遅れちゃうから急がなきゃ」と走っていく。足も疲れます。駅に着いたら「なんで俺は朝からこんな疲れてるんだ。これで今から一日仕事か。嫌だな」と、いつもそんな感じでした。
    そんなある日、ふと思いつきました。「苦しい、苦しいと思いながら走っているこの現実をマインドフルにとらえたらどうなるんだろう」と。それでやってみました。

「今走っている。息が上がってきた。ドキドキしてきた。太腿がだんだん張ってきた。やっぱり走っているからだな。ああ、暑くなってきた。少し汗も滲んできた。なるほど、急いで駅に向うというのはこういう感じなんだ。でも、苦しくないな」

    これが現実なんですね。急いでいれば、当然息は上がってドキドキもしてくるし、暑くなるし、太腿も張ってくる。当たり前です。ただそれだけ。それが現実です。じゃあなんでいつもは駅に着いたときに疲れきっているのかというと、それは自分を責めたからです。さっきお話しした眠れないときと同じです。「なんでもうちょっと早く出られないんだ。なんでいつも同じようなことになっちゃってるんだ。なんでこんなことをしてまで仕事に行かなくちゃいけないんだ」という思考が自分を疲れさせたのです。
    だからウォーキングはとてもよい実践方法になります。何かのついでではなく、五感をしっかり使いながら、周りを感じながら歩いてみましょう。


■はっと我に返ることの重要性

    今の通勤の例のように、「これをマインドフルにとらえたらどうなるのかな」というのは、イコール「ふと我に返る」ということです。ふと我に返ると現実がすっと見える。これがマインドフルネスという心の使い方の一つの側面です。
    マインドフルネスがこれほど心理臨床や医療の現場で活用されるようになったのは──特に精神科の先生方に受けたのは、脳の変化が非常にはっきりととらえられたからです。「ハッと我に返ったとき」に脳の中で何が起こっているかというと、覚醒ネットワークという脳内で関連をしている場所が、活動を強めていることがきちんととらえられた。これが非常に大きかったんですね。
    ですから、脳科学的にマインドフルネスという心の状態は「ハッと我に返った瞬間のこと」を指している。そのように思っておくと「ハッと我に返る」「ふと我に返る」ことの重要性を理解していただけるのではないかと思います。

(つづく)

構成:中田亜希
「マインドフルネスとコンパッション」2021年12月25日(日本マインドフルネス学会第8回大会)より。

第2回    あるがままの現実に気づきを向ける
第4回    実践編① 集中瞑想


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