小野常寛(普賢寺住職)


2023年12月20日から12月23日までの4日間、国際コンベンションセンター・ブッダガヤにて「国際サンガフォーラム 2023 ブッダガヤ」(International Sangha Forum 2023 Bodhgaya )が開催されました。
本フォーラムには世界33カ国からおよそ2,000人の僧侶や在家仏教徒が参加。[大乗/上座部]ではなく、[サンスクリット/パーリ]という言語をベースとしたくくりで世界の仏教を再編成する、仏教史に残る大フォーラムとなりました。
世界で活躍する僧侶の一人として本フォーラムの壇上でスピーチを行い、ダライ・ラマ法王にも謁見、各国の僧侶団ともリアルに交流を図り、世界仏教の潮流を肌で感じられた小野常寛師(天台宗・普賢寺住職)によるレポートをお届けします。
小野常寛師が日本の僧侶や仏教徒に心から伝えたいことを深く学べるレポートです。


第1回    仏教史に刻まれる「国際サンガフォーラム2023」


■僧侶として、これほど有り難いことはない

「僧侶として、これほど有り難いことはない」、そう感じると不意に鳥肌が立ち、涙が流れた。そこは聖地ブッダガヤ大菩提寺の菩提樹の下であった。2500年前に釈尊が悟りを開かれた場所に世界30カ国以上の僧侶が一同に集まり、ダライ・ラマ法王を導師として世界平和祈願法要が執り行われたのだ。

大菩提寺の世界平和祈祷.jpg 518.31 KB
大菩提寺で行われた世界平和祈願


    この地から始まった釈尊の教えが、隆盛衰退を繰り返しながら世界に広まった。数多の先人たちが命を賭してつないで下さって、仏教は今も日本に存在する。
    同じように各国、各地域に命を賭してつないでくださった先人がいて、仏教は今も世界に存在している。
    そんな時代の系譜に思いを巡らすと、込み上げてくるものがあった。
    そこに集いし僧侶の祈りに、部派や宗派や国の違いなどは全く問題にならなかった。誰もが安寧と平和を祈っていた。最も調和的で美しく、平和な時間と空間であった。
    最高の聖地に世界中から僧侶が集まり、仏弟子として同じ想いで祈りを捧げるという千載一会は、私の僧侶人生における至上の喜びになった。
    そして、この集いが世界仏教の分岐点であり転換点を示すことになると確信したのである。

■「国際サンガフォーラム 2023 ブッダガヤ」(International Sangha Forum 2023 Bodhgaya)

    私が今回参加した国際サンガフォーラムの目的は、世界中のパーリ伝統とサンスクリット伝統の各僧侶の交流であり、相互理解であった。主催はダライ・ラマ法王事務局や国際仏教連盟(International Buddhist Confederation)であり、テーマは「伝統と現代の架け橋:今日の世界における仏教の教えについての対話」として開催された。
(フォーラムHP    https://www.worldbuddhistprogram.com/  )

コンベンションセンター(1).jpg 331.35 KB
国際サンガフォーラムが開催されたコンベンションセンター

    私はチベット支援団体であるスーパーサンガ( https://supersamgha.jp/ )の幹事メンバーであることにより、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所よりこのフォーラムにご招待いただき、2023年12月20日から12月23日までの4日間、聖地ブッダガヤにて本フォーラムに参加したのである。

■パーリ伝統とサンスクリット伝統

    まず、言及すべきは[パーリ伝統]と[サンスクリット伝統]という分け方である。この発想は、ダライ・ラマ法王の2014年刊行の著書『Buddhism: One Teacher, Many Traditions(仏教:一人の師と多くの伝統、日本未刊行)』に記されている。
    この分類の再編成はダライ・ラマ法王の世界仏教に対しての想いである。
    私が2019年にダラムサラで謁見した際にも、ダライ・ラマ法王は多くの国際僧侶を目の前にして、上座部仏教と大乗仏教という教義の違いではなく、パーリ語とサンスクリット語という言語の違いを説かれていた。
    本題に移る前にパーリ伝統とサンスクリット伝統の分類を端的に補足したい。北伝仏教と言われる西北インドからシルクロードに沿って伝播した仏教のことを大乗仏教と呼ぶ。大乗仏教の経典はサンスクリット語で書かれており、それを基として、その後それぞれの言語に訳されて広まった。
    一方、南伝仏教と言われる仏教は、インドからスリランカに渡って東南アジア諸国に広がった仏教であり、上座部(上座説)仏教と呼ばれている。彼らの典拠とする経典は基本的にパーリ語である。
    歴史的観点で言えば、大乗仏教は上座部系の後に新興した仏教である。大乗仏教が、自身の存在意義を確立するために、既存の上座部系の教えを蔑称で呼ぶことがあった。そのため、双方が分裂して以来、優劣や深浅という観点で双方を捉えることが多かったのである。
    現在に至るまで「大乗仏教」と「上座部仏教」という分け方をすることは言わば当たり前であり、互いの僧侶の交流はあまりなく、敬遠する傾向すらあった。
    しかし、ダライ・ラマ法王はパーリとサンスクリットという、言語の違いに焦点をあてることによって、仏教の本質的理解や相互理解を促進できるのではないかと考えられたのである。
    ダライ・ラマ法王は「パーリ・サンスクリット国際仏教徒会議」を発足され、2018年からはパーリ圏とサンスクリット圏の交換プログラムも実施してきた。そしてコロナ渦が落ち着いた2023年、大々的な本フォーラムの開催に至ったのである。

    実際にインドに渡ってフォーラムに参加すると、仏教史にも残るような規模のフォーラムであることに驚嘆した。

コンベンションセンター.jpg 377.68 KB

    聖地インド・ブッダガヤにあるコンベンションセンターに世界33カ国、2000人以上の僧侶を主とした仏教徒が一同に集まり、3日間にわたって各国の僧侶や識者がプレゼン、質疑応答を行い、それぞれに交流を深めたのである。日本の僧侶は私を含めた4名がプレゼンを行った。

Japanese-Sangha-Group-4.jpg 494.98 KB
国際サンガフォーラムに参加した日本代表団

    本稿では、フォーラムでの体験と知見を記し、世界の仏教と日本の仏教が「転換期」に差し掛かっていることを考察したい。
    ただし、私自身は学者や研究者でもない一介の日本伝統仏教の僧侶であるので、専門的知識や学術的知識に乏しいことをお許しいただきたい。

■フォーラム開幕

    ブッダガヤにできた真新しいコンベンションセンターが満員になるほどに集まった本フォーラムでは、ダライ・ラマ法王を筆頭とした各国の高僧が壇上に上がり、パーリ語とサンスクリット語の読経後、ダライ・ラマ法王による開会の辞によって開幕となった。

開会式.jpg 384.65 KB
フォーラムは華々しく開幕した

    ダライ・ラマ法王は開会の辞で、次のように菩提心の重要性と慈悲の実践を強調された。

他者を助けたいと思うのであれば、自分の心を鍛える必要があります。法友に、これを心に留めるようお願いします。」

「自分自身の内なる平和を育むことで、世界の平和に実践的な貢献をします。」

パーリとサンスクリットの伝統の本質は利他です。最も重要なことは、菩提心を育むことです。」


    パーリとサンスクリットという分類、そして仏教や僧侶の根本的な姿勢にも言及され、お互いの伝統を尊重しながらも共通認識を持つ重要性を説かれておられた。全世界の僧侶は熱心にそのご法話に耳を傾けていた。

    続けて、本フォーラムの目的が主催者側から共有された。

・パーリとサンスクリットという異なる伝統の僧侶同士の交流を促進すること
・多様性を尊重し、世界的な課題に対する智慧と慈悲を促進すること
・科学的見解と仏教の知慧を統合すること
・愛と親切心をもって相互作用を育むこと
・世界平和のために仏教の教えの実践と推進に捧げること


    参加者はこれらに大きく頷きながら目的を共有し、フォーラムは華々しく開会した。

    私は開会式の時点で、本フォーラムの意義を存分に感じ、世界各国からこれだけの僧侶が集まり、交流をする場と機会があること自体が奇跡的で、幸運に感じていた。平和式典などのセレモニーやアカデミックな学会などで世界中の僧侶が集合することはあれども、「仏教」という中心にある教えと実践そのものをテーマとして、世界的に別け隔てなく集まって交流する機会は前代未聞であろう。
    「根本分裂」以来南北に分かれた仏教が、2000年以上の時を超えて聖地ブッダガヤに集結し、交流して相互理解に努められたのは、仏教史にとっても重要な出来事として語り継がれるはずだ。

    その一方で「大乗仏教」と「上座部仏教」として長らく各国、各地域で育まれた仏教の相違は大きいとも感じられた。今では死語になったが「小乗仏教」という蔑称を用いて、一線を画そうとしてきた歴史があったことは事実である。日本仏教は島国ということもあり、「ガラパゴス化」した仏教と言われるほどに特徴的な仏教となった。
    「大乗仏教圏」と「上座部仏教圏」という従来の分け方では、経典の違いによる概念や用語の違いが明らかである。各伝統で育った僧侶たちがどこから相互理解を図っていくのかということも含めて、本フォーラムは非常にチャレンジングな取り組みである。各々の僧侶が他の伝統を自分の伝統と同じように重んじ、学び合う姿勢がなければ成立しない。それほど難易度の高いフォーラムだろうと私は認識していた。
    しかし、各セッションが開始してすぐに、私の懸念は杞憂に過ぎなかったと実感したのだった。

■3日間にわたる9つのセッション

    本フォーラムでは、3日間にわたり9つのセッションが行われた。チェアパーソンが司会者としてセッションを進行、5〜7人のスピーカーが10分程度でプレゼン、最後に会場から質疑応答、という流れであった。
    9つのセッションテーマは以下のとおりである。

1・2.    古代仏教の智慧を解釈する:文化毎の視点(二部制)
3.    四法印:時代を超える仏教の智慧
4.    四無量心:異なる観点からの分析的研究
5.    三十七道品:現代社会におけるその関連性と適用の包括的な探究
6.    現代性の受容:仏教とテクノロジーの交差点
7.    律の探求:パーリとサンスクリットにおける僧侶の戒律の比較研究
8.    修行と経典における三昧:伝統的なアプローチと現代的アプローチの比較研究
9.    パーリ経典/般若波羅蜜多経における無我/空の探求:今日世界における実践的な意義の検討


    約45人の僧侶がプレゼンを行った。私は最終日の「9. パーリ経典/般若波羅蜜多経における無我/空の探求」のセッションにおいて、「Links of Inter-dependence(相互依存のつながり)」という内容でプレゼンを行い、各国の僧侶との交流を果たした。詳細は後述する。

スピーチの様子.jpg 256.35 KB
プレゼンを行う小野常寛師

    このフォーラムにおける最も重要な意義が「世界仏教の再編成」であることが、各セッションを通して浮き彫りになってきた。
    当初は各国の僧侶同士が別け隔てなく交流できるのだろうかと懸念していたが、その懸念は見事に払拭された。各国の僧侶はお互いに敬意を表しながら、意見交換や共通理解を深めていったのである。
    主催がダライ・ラマ法王事務局であるということが影響し、参加者はチベット仏教の僧侶が最も多かったが、上座部(上座説)仏教であるタイ、スリランカ、ミャンマー、カンボジアなどの東南アジアの僧侶も多く、壇上でスピーチをするそれぞれの衣に身を包んだ各国の僧侶を見るだけで新鮮さを覚えたし、表面上だけではない内実を伴った意見交換が成し遂げられていることが何よりも貴重であった。


*本フォーラムの全てのプレゼンは下記のサイトからYoutubeにて視聴可能


*発表をした全スピーカーのプロフィールはこちら


(第2回につづく)

写真提供:国際サンガフォーラム、小野常寛



第2回    [パーリ/サンスクリット]という新しい分類が世界を再編成する