熊野宏昭(早稲田大学人間科学学術院教授)

『EQ2.0』&『実践!マインドフルネス』シリーズ 刊行記念

第5回    気づきの3つの前線:マインドフルネスが守る心の平穏

    マインドフルネス瞑想は、「自分をもっと理解したい」「人間関係を円滑にしたい」といった悩みに答える強力なツールです。呼吸や身体感覚に注意を向けることで、自分の感情や思考を客観的に観察する力が養われます。さらに、周囲の状況や他者の感情にも気づけるようになり、対人関係を調整する力(EQ)も自然と高まります。
    この記事では、マインドフルネスを使ってEQ(感情的知性)をどのように高めるのか、マインドフルネス研究の第一人者である早稲田大学人間科学学術院教授の熊野宏昭先生が、具体的な実践方法とともに解説します。


■気づきの3つの前線による本丸の守り

    マインドフルネス瞑想では、「現実に五感を通して気づいている状態をなるべく維持し、現実を見失わないようにする」とことを目指します。しかし、持続させようとしても、雑念が出てきたり、体がかゆくなったり、座っていれば足腰が痛くなって「この痛み、大丈夫かな」というような考えが浮かんできます。
    もし痛みのことばかり考えていることに気づいたら、「痛み、痛み、戻ります」と自分に声を掛けて、呼吸に対する気づきに戻ります。面白くないことを思い出してイライラしていることに気づいたら、イライラは怒りなので、「怒り、怒り、戻ります」と声を掛けて、呼吸に戻ります。何か欲しくてたまらないもののことをぐるぐる考え始めていたら、「欲、欲、戻ります」と呼吸に戻ります。

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    それでも考え事が止まらなくて集中できない、眠いし、何をしているのか分からないと思ったときは、とりあえずその日はやめて、また明日やろうと気持ちを切り替えるのもよいでしょう。ただその時に、混乱した状態になっていると気づいて、「混乱、混乱、戻ります」と自分に声を掛ければまた呼吸に戻ることもできます。
    「自分が気づいてることを自分に教えてあげる」──これがマインドフルネスの一つの工夫です。
    瞑想が深まってきたり、不安などの症状が改善してくると、呼吸に対する気づきの前線に比較的長い時間いられるようになってきます。


■マインドフルネスの観察戦略

    マインドフルネスの実践を続けていくと、とにかくいろいろなことに気づくようになります。気づきが止まらないんです。「もう全部わかった」ということはなく、実践すればするほど、また新たな気づきが生まれます。だからこそ、マインドフルネスは「気づき」と訳されるのだろうと、私は思っています。
    昨年刊行された『死の光に照らされて:自由に生きるための仏教の智慧』(薄月、2024年)は非常に良い本です。私も帯にちょっと宣伝文を書かせていただきましたが、この本の中で井上ウィマラ先生が仏教瞑想についての解説文を書いておられて、それがとてもわかりやすいので、皆さんもぜひお読みになってみてください。

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『死の光に照らされて:自由に生きるための仏教の智慧』
ラリー・ローゼンバーグ/島田啓介[訳]/井上ウィマラ[解説](薄月、2024年)
https://amzn.asia/d/2VZnVTB
 
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    井上ウィマラ先生の解説文から一部抜粋したのがこちらです。
    1つ目の「呼吸から始まる観察対象は、感受、感情や認知プロセスを含めてあらゆる現象に及んでいる。」、これはどういうことかというと、「呼吸を観察しているつもりでも、雑念が出てきたり感情が動いたり、いろいろなことを考えたりしますよね。でもそれも観察していますよね」ということです。
    まさにその通りです。そしてその意味するところは、「観察する心が何かに気を取られて呼吸から離れてしまったとき、一番心を捉えているメイン対象に従って観察していけば、自分のことがとてもよくわかりますよ」ということなのです。
    まさに発想の逆転ですよね。実は、マインドフルネス瞑想は呼吸をずっと観察する練習ではなかったのです。呼吸を観察しようとすると、心は必ず何かに気を取られて離れてしまいます。その離れてしまった先が、そのときの自分にとって最も意味があり、心を動かされるものなのです。だから、そこに観察の目を向ければ、自己理解が深まる──ということをウィマラ先生は言っておられるのです。
    私も「雑念が出てくることは悪くないんですよ。むしろ出てくることが大事なんですよ」という言い方をすることがありますが、ウィマラ先生の解説はそれを見事に説明していますよね。雑念が出てくることのほうが目的なのだ、と。


■アヌパッサナーとマインドフルネス

    観察戦略を象徴する言葉に、アヌパッサナーという言葉があります。ヴィパッサナーという言葉を聞いたことがある人は多いと思いますが、アヌパッサナーは初耳かもしれません。ウィマラ先生の解説文によると、仏典ではヴィパッサナーよりもアヌパッサナーのほうがよく出てくるのだそうです。
    アヌという接頭辞は、「繰り返して」という意味と「従って」という意味をあわせ持っています。呼吸に注意を向けていると、雑念が浮かんできてそちらに気を取られてしまうことがあります。では、それに従って自分の状態を理解しましょう。でも、そこにとどまるのではなく、また呼吸に注意を戻します。また何かに気を取られたら、それに従って自分を理解して……と繰り返していくのが、このアヌパッサナーです。
    呼吸から始めて、その時々に一番心を捉えている明瞭な対象をその都度繰り返し見つめていきます。しばらく見つめていると落ち着いてきますので、そうしたらまた呼吸に戻る。ここで重要なのは、ハッと我に返ってスッと呼吸に戻るのではなく、欲や怒りをしばらく見つめてみることです。これは、先ほど出てきた「そのままにしておく」ということを、もっと積極的に説明している内容です。


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『EQ2.0』刊行記念オンラインセミナー「マインドフルネス&EQで磨く新しいリーダーシップ」第2回「マインドフルネスとEQで心の平穏と共感を育てる」を元に再構成
構成:中田亜希



第4回    そのままにしておく:マインドフルネスが教える不安との向き合い方
第6回    体が語る心の声:マインドフルネスで読み解く苦しみのサイン



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