中村圭志(宗教研究者、翻訳家、昭和女子大学・上智大学非常勤講師)
ジャンルを問わず多くの人の心に刺さる作品には、普遍的なテーマが横たわっているものです。宗教学者であり、鋭い文化批評でも知られる中村圭志先生は、2023年に公開された是枝裕和監督・坂元裕二脚本の映画『怪物』に着目。カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したこの話題作の背後に「宗教学的な構造」を発見し、すっかりハマってしまったそうです。大学の講義で学生たちも驚いた独自の読み解きを、『WEBサンガジャパン』にて連載。いよいよ最終章となる第六章に突入しました。中村先生ならではの総括に要注目です。
第六章 火と水のシンボリズム[2/5]
■猫の葬儀──依里が火をつけ、湊が水をかける
イラスト:中村圭志
廃線跡地のトンネルの向こう、電車の秘密基地のある森林の中で、依里と湊は死んだ猫の葬儀を行ないます。依里によれば、焼かないと生まれ変われないのです。
火が燃え上がると、湊は森林火災を心配し始めます。依里は消防車は来るかもと言います。湊は水路の中に飛び降り、泥水を水筒に入れ、戻って火に水をかけます。
依里が火をつけ、湊が水をかける。湊と依里の会話を耳にする限り、依里がガールズバーに火をつけたのは間違いないように思われます。日ごろ依里を虐待している父親はそこに通っているのでしょう。そして父親に酒が入ると、たぶん、三度に一度くらいの割合で依里への折檻が始まるのです(三回に一回、酒屋の自販機から温かいコーラが出るという謎かけのような言葉を依里は別のところで言っています)。
依里は茶系統の、湊は青系統の服を着ていることが多いようです。火をつける依里と水をかける湊の絵柄にしっくりするように、衣装さんが配慮したものでしょう。
一般的に、火は動を、水は静あるいは抑制を意味することが多いでしょう。湊と依里の日常生活でも、依里が積極的にモーションをかけ、湊が抑制にまわります。
依里は湊の髪に触れながら、友達ができてよかったと言い、湊は学校では話しかけないでと牽制し、夜には依里に触れられた髪を切っています。湊は抑制モードにある。
廃線の基地で、依里から転校の話を聞いたときも、依里が積極的に振る舞い、湊が拒絶します。恋心から思わず接近したのは湊のほうでしたが、抱きついてきたのは依里のほうでした。湊は身体に異変を感じ、動転し、依里を押し倒して逃げ帰ります。


