『サンガジャパンVol.33』より掲載を始め、好評を博していた山下良道師の連載「令和の時代の「仏教3.0」~内山興正老師の『進みと安らい』を軸に~」の連載を再開します。山下良道師の師であり禅の修行道場である安泰寺の第六代住職の内山興正老師の哲学を紐解きながら、現代日本仏教の変遷をその変革の当事者としての視線から綴る同時代仏教エッセイ。再開第1弾である(4)を8回に分けてお届けします。
第1話 仏教3.0の人間ドラマ
皆さま、ご無沙汰しておりました。昨年春から既に1年半続き、ようやく終わりがみえつつあるコロナ禍をどうお過ごしでしたか。我々全員が例外なく当事者となったこの危機の時代、本当に様々なことが起こりました。おひとりおひとりに、心に深い影響を受けたドラマがあったことでしょう。そして令和の改元に合わせて始まったこの連載自体も、時代の波に巻き込まれました。この連載が始まったのは紙媒体の旧「サンガジャパン」誌でした。その発行元の株式会社サンガの活動がストップし、この連載も一時休止となりましたが、ご存じのように、その旧サンガは再び不死鳥のように蘇りました。編集者のみなさんが率先して復活の狼煙をあげて、「株式会社サンガ」は「サンガ新社」として再出発しました。その過程で読者の皆さまから熱い支援があったこと、長年サンガの出版活動に関わるものとして、こころからお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。
そして、サンガ新社さんのメインの活動の場として、この「WEBサンガジャパン」が立ち上がりました。私の連載も紙の「サンガジャパン」から、WEB上の「サンガジャパン」へ場所を変えて、心機一転、再スタートしたいと思います。よろしくお願いいたします。
紙と違って、WEB上なのでかなり自由がききます。数ヶ月に1回長い文章を一気にどんと発表するのではなく、毎週連載のかたちになります。執筆する方としては有り難いスタイルです。あるテーマをじっくりと思考する時間を、毎週の区切りをつけながら、私の日常のなかでもてるので。瞑想を中心とする生活を私は送っていますが、そのテーマを瞑想によって深めて行くこともできます。言葉以前の状態で瞑想の中で見えてきたことを、机(パソコン)に向かってゆっくりと言語化することで、探究は自然に深まってゆくことでしょう。これこそまさに、これからの人生で一番やってゆきたいことです。
では何を思考してゆきたいのか? 何故それを「WEBサンガジャパン」を舞台にやりたいのか? 実はその2つは深く関係を持っています。これから探究したいテーマは、唐突かもしれませんが、株式会社サンガそのものと関わっています。特に、創設者の島影透氏と。その辺りの事情を明らかにしてゆきましょう。
■人間ドラマから生まれる仏教3.0
「令和の時代の仏教3.0」と名付けたこの論考は、題名のなかに「令和」という元号が含まれています。仏教はその原理上、世俗とは関係ない聖なる真理を探究してゆくのが筋なので、元号という区切りはあまり大きな意味を持ちません。修行者が瞑想を通してある真理を発見したのが、ある元号の時代だったとしても、その発見された真理と元号はほぼ無関係です。たとえば明治時代に発見されたからといって「明治の真理」と名付けることはありません。何故なら、それでは明治という時代に狭く限定されたものになり、時空を超えるはずの仏教の真理から遠ざかってしまうので。
普通はまあ、そうなのですが……
どうやら、我々はこれまでの普通の常識の通じない、特殊な時代を生きてるようです。元号が、仏教のありかたに直接関係のある時代。もう少し正確にいうと、元号によって分けたほうが、複雑に絡み合ったものをシンプルに切り分けられる状況とも言えるでしょうか。
連載の初回に書いたことを再掲します。
昭和の時代──仏教1.0
平成の時代──仏教2.0
令和の時代──仏教3.0
藪から棒に、1.0、2.0、3.0と、まるでスマホのOSのアップデートのバージョンみたいな用語がでてきて、初見の読者の方は面食らったかと思います。「1.0」等と定義された、三つの仏教のありかたの詳細については、論考のなかで詳しく論じてゆきますが、ここで申し上げたいのは、これらの区分は単に理論上の仮説のような、抽象的な知的空間のなかから考え出されたものではないということです。もう少し生々しい人間ドラマというべきものから生まれてきたものなのです。
この人間ドラマの登場人物たちは、ある絶妙なタイミングでお互いに出会いました。この世界の全てのことは、人と人が出会った時から始まりますが、宗教の世界ではもう出会いが全てです。だから自分にとって正師となる人との出会いは、誰もが強烈に覚えていて、その後、その思い出は何度も繰り返し語られます。その先生との直接の出会い、著作との出会い、場合によっては先生の出演したテレビの番組との出会いなどを、修行者の多くが熱く語ります。
出会った瞬間に、これは今までの人生のなかで全く経験したことのないものだとわかる。探し求めていた未知なる真理に、自分は遂に出会ってしまった。その興奮に導かれるままに、何かに憑かれたように突っ走り始める。自分が何に向かって走っているのか、その結果何が生まれてくるのか、そんなことなど考える余裕もないまま、ただひたすら走る。最初はひとりで走り始めたのに、いつのまにか一緒に走り始めるひとが現れる。少数のグループがやがて大人数の集団になり、その結果が誰の目にも明らかになる日が来ます。
そのような出会いを経験した登場人物のひとりこそ、サンガ新社の前身株式会社サンガを創設された島影透氏でした。残念ながら昨年7月に道半ばで、急逝されましたが、島影氏はある先生との出会いに衝撃を受けて、すぐさまエネルギーの塊となって疾走し始めたのです。それは当然、大きな衝撃を周りに与え続けました。仏教界というかなり保守的な場所に、大きな波を起こすことに成功したのです。
書店の仏教書コーナーに長い年月にわたって通っていた人なら、21世紀になってその風景が激変したのを覚えているでしょう。20世紀の書棚には並んでいなかった、まったく新しい種類の仏教書が、突如新刊コーナーの広い面積を埋め尽くすようになったのです。馴染みのない著者の名前はカタカナで表記されてる。つまり日本人ではない外国人のお坊さんの本でした。その内容も、いままでの仏教書の定番だった禅でも、お念仏でも、真言密教でも、法華経でもありません。表紙にはこれまで聞いたことのないカタカナの仏教用語に溢れていました。ヴィパッサナー、サティ、マインドフルネス? いったい全体、日本の仏教界に何が起こったのだ? 多くの日本の仏教徒に衝撃が走りました。
これらの衝撃的現象は、島影透氏が20世紀の終わりにスマナサーラ長老と出会ったことから、全てが始まりました。そして、その出会いに実は私が深く関係していたことは、前回の(3)(https://archive.samgha-shinsha.jp/pdf/on-the/web/viewer.html?file=/pdf/SJ-36/SJ-36-15.pdf)の中で詳しく述べましたので、そちらをお読みください。1998年頃、島影氏と私がまず、高知県の山のなかにあった渓声禅堂で出会いました。私が主宰していた坐禅接心に参加するために高知までいらしたのです。接心を終えて東京に戻る島影氏に、私がスマナサーラ長老という方がいらっしゃるから、是非会うことを勧めたのです。帰京後、早速、長老の法話会に参加した島影さんの内部に稲妻が走ったのでしょう。そこからの展開は皆さまが良く知っている通りです。島影氏は、禅の修行者だった父上が書かれた本を出版するために出版社を立ち上げていましたが、その事業のメインの活動をスマナサーラ長老の本の出版に絞り込み、これまでの日本の伝統にはなかった仏教書を、次々と出版し始め、書店の風景を一変させたのです。
■島影透の戒名から紐解かれる謎
この連載を再開するにあたって、先日、仙台の曹洞宗長徳寺にある島影さんのお墓にお参りをしてきました。写真でわかるように、広瀬川沿いの風光明媚なお寺の境内のなかに、江戸時代から続く島影家のお墓がありました。サンガ新社の方と一緒に般若心経をお唱えして、回向文のなかで島影さんの戒名を読み上げました。その墓石上に刻まれた戒名を見たとき、一瞬で何か多くの謎が解けました。島影さんが、何故、日本仏教にあれだけ多くの影響を巻き起こすことができたかがわかりました。故・島影透の墓前に参拝する山下良道師島影の遺志を継ぎサンガ新社の代表となった佐藤由樹島影家の墓石に刻印された島影透の戒名「透心穎哲居士」島影家の菩提寺・長徳寺は広瀬川を望む高台にある
俗名:島影透
戒名:透心穎哲居士(とうしんえいてつこじ)
透き通ったこころの「穎哲」。ここに秘密があったのです。
【穎】[音]エイ(漢)
1 稲の穂先。「穎果」
2 錐(きり)や筆など、とがった物の先。「穎脱/毛穎」
3 才知が鋭い。「穎悟・穎才」
「穎哲」とはとがった知性のこと。この戒名を島影さんに授けたのは、長徳寺のご住職ですが、長い深いつきあいを通して島影さんの人柄、人生を知っていたのでしょう。そのうえで、島影さんの本質を「穎哲」と表現されました。この2文字で、島影さんの人生がどんぴしゃに美しく凝縮されました。
穏やかな智慧というより、「とがった知性」。だから時代を大きく転換させることができたのです。ひとつの波は次の波を呼び込みます。複数の波が複雑な影響を与え合いました。そして今、コロナ禍が収まりつつあるいわば「ポスト・コロナ」の時を迎えた我々は、まったく新しい景色をみています。この連載では、その景色をひとつひとつみてゆきたいと思います。
(つづく)
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※過去3回分の連載はオンラインサンガ限定の「サンガジャパンアーカイブ」でご覧いただけます。
連載第1回(https://archive.samgha-shinsha.jp/pdf/on-the/web/viewer.html?file=/pdf/SJ-33/SJ-33-11.pdf)
連載第2回(https://archive.samgha-shinsha.jp/pdf/on-the/web/viewer.html?file=/pdf/SJ-34/SJ-34-15.pdf)
連載第3回(https://archive.samgha-shinsha.jp/pdf/on-the/web/viewer.html?file=/pdf/SJ-36/SJ-36-15.pdf)