山下良道(鎌倉一法庵)


山下良道師の師であり禅の修行道場である安泰寺の第六代住職の内山興正老師の哲学を紐解きながら、現代日本仏教の変遷をその変革の当事者としての視線から綴る同時代仏教エッセイ。「もうひとつの部屋」をめぐるシーズン5の第7回。


第7話    立ちはだかるパオ・メソッドの最後のステップ


■衝撃を受けたパオ・セヤドーの教えの深さ

    パオ森林僧院の夜はとても静かです。村の中心から離れているので、車の音もしません。ミャンマーはほぼ一年中、昼間は暑いのですが、夜ともなると過ごしやすくなります。私は日中は、シーマホールと呼ばれる大きな建物(2階建てで、それぞれ約200人が瞑想出来ます)で、他の人達と一緒に瞑想してましたが、夜は自分のクティでひとりで座ってました。クティとは僧侶の住まいのこと。パオ森林僧院は巨大な僧院なので、出家、在家の男女、合計約1,000人(私が滞在当時)が一緒に修行しています。男女は2つの区域に分かれて、そこにたくさんのクティが点在しています。

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ミャンマー南部のモーラミャインにあるパオ森林僧院のシーマホール
    この僧院での生活が始まったのは、2001年7月です。もう全くの未知の世界へ、「えいやっ」と飛び込むつもりでミャンマーに来た私を、パオ・セヤドーは本当に温かく歓迎してくださいました。セヤドーと私とは、ついその数ヶ月前に、セヤドーが東京でパブリックトークをされた時、その通訳をしたというだけのご縁でした。
   
    その講演の前に、打ち合わせのために、東京在住のあるミャンマー人のお宅に伺いました。そこには、初めてお会いするミャンマーのお坊さんがいらっしゃいました。どういう方なのだろう?    この方の背景は何も知りません。こちらの予備知識はほぼゼロ。でも、その時に受け取った英語の講演原稿は、いままで全く聴いたことのない恐ろしいほどの深さを持っていました。実際の講演で通訳していても、その実感はさらに深まるばかり。もうこうなったら、この「深さ」にすべてを賭けてみようと、無茶を承知で、日本で積み上げたもの全てを一旦投げ捨ててパオまでやってきたのです。そうしたら、このお坊さんは、とんでもなく凄いひとでした。

    ヤンゴンから夜行バスで到着したパオ森林僧院はとにかく巨大。後から分かったのですが、なんと国中に僧院のあるミャンマーでも一番大きな僧院だったのです。そして、あのお坊さんはパオ・セヤドーと呼ばれている。パオ僧院でパオ・セヤドーと呼ばれるということは、その僧院のトップを意味します。「パオ」とはこの僧院が建っている村の名前です。セヤドーは日本の禅仏教だと老師にあたります。つまり、今の私のことを「鎌倉老師」「稲村ヶ崎老師」と呼ぶようなものです。私はそう呼ばれてませんが。パオ・セヤドーには勿論、お坊さんとしての個人のお名前があり、それは「ウ・アチンナ」です。でも誰もその名前では呼びません。皆さん親しみと尊敬を込めてパオ・セヤドーと呼びます。