中村圭志(宗教研究者、翻訳家、昭和女子大学・上智大学非常勤講師)

ジャンルを問わず多くの人の心に刺さる作品には、普遍的なテーマが横たわっているものです。宗教学者であり、鋭い文化批評でも知られる中村圭志先生は、2023年に公開された是枝裕和監督・坂本裕二脚本の映画『怪物』に着目。カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したこの話題作の背後に「宗教学的な構造」を発見し、すっかりハマってしまったそうです。大学の講義で学生たちも驚いた独自の読み解きを、『WEBサンガジャパン』にて連載でお届けします(全六章・各章5回連載予定)。

第一章    『怪物』が描く複雑な因果[4/5]


■因果は複雑である

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    すでに書きましたように、坂元脚本は社会的な因果の複雑性を描きます。たとえば、『怪物』と同じく、いじめや学校の隠蔽体質を描いたテレビドラマ『わたしたちの教科書』がそうです。被虐待児を緊急に保護するべく「誘拐」して逃避行する、自身も親に棄てられた記憶をもつ女性を描いた『Mother』もそうです。シングルマザーの苦難と、いじめによって神経症となっている少女を、そして彼女が引き起こした一生償えないような事件を描いた『Woman』もそうです。
    いろいろな出来事やそれに対するいろいろな思惑、それに偶然などが絡んで、不幸な事件が起こる。そこには人間の判断の間違いがあり、道徳的な善悪もある。しかし誰も他人と比べて決定的に間違っていたわけでもなく、決定的な善人も悪人もいない
    およそこんなふうに要約できるような状況が、坂元脚本にはいつも見られます。そして告白と赦しのシーンも多い。

■ジレンマに突き当たる

    因果の複雑性が登場人物の行動にジレンマを招くこともあります。