国府田 淳
(クリエイティブカンパニーRIDE Inc.Founder&Co-CEO、4P's JAPAN Inc. CEO[Pizza 4P's Tokyo@麻布台ヒルズ])

気候変動、戦争、格差、パンデミック、ストレスや精神疾患の増加など不確実性が高まり、心安らがない状況が続く昨今。外的な要因に振り回されずに地に足をつけて生きたい、今後のビジネスや生活を支える羅針盤を手に入れたいと考えている方は多いと推察されます。
そんな時代だからこそ、原始仏教がますます有用になるのではないでしょうか。私は日々のビジネスシーンや生活の中で、それを実感しています。
本連載は原始仏教とビジネスの親和性を描くことで、心のモヤモヤや不安を和らげる糸口を見つけてもらおうという試みです。(筆者)

第12回    2600年前からあった、ビジネス上のアクションの指針③


6    正命の驚くべき効能

    正命(しょうみょう)は、清浄な生活や仕事のことを指します。清浄な生活とは、精神的な面では八正道の一つ一つを意識し、日々の暮らしを行えているかという包括的な意味合い。物質的な面では、衣・食・住に関して過剰な欲にまみれたり執着したりすることなく、慎ましやかに暮らせているかという意味合いがあると私は理解しています。

    また、清浄な仕事とは、単純に人に役に立つ仕事をしましょうという意味もありますし、もう少し大きく捉えて、日々の一瞬一瞬、その瞬間にやるべきことができているかという意味合いがあると考えます。

    正命の中で、一番よく語られるのは「清浄な仕事」です。分かりやすいところで言いますと、泥棒や詐欺、人身売買などの犯罪を生業にしているのは当然よろしくないですし、例えば武器や麻薬の製造や売買など、世界の平和を脅かしたり、人を堕落させたりするような仕事に就くのもよくない。売春などの性ビジネスも人の煩悩を燃え上がらせ、それをお金に変えるので基本的に歓迎されないでしょう。

    では動物の売買や屠殺、お酒の提供などはどうなんだと言われると難しい判断になります。他にも「体に効きます!」というサプリメントの製造なども、成分としては良いものを提供しているし、ある人には役立つことがあるかもしれませんが、効果のない人にとっては、詐欺まがいの商品と捉えることもできます。

    したがって、職業によって判断するというよりも、自分が100%誇りに思えているかどうか、人の役に立っていると思えるかどうか、という主観的な判断をもとに、社会や人々の客観的な判断と照らし合わせながら、総合的に検証していく必要があると思います。両者が重なるものであれば、ヘルシーな精神状態が保たれ、幸福感を持って生きていくことができるでしょう。

ー人に役立っているかは一筋縄では判断できないー

    「自分の仕事が人の役に立ってるか」を判断するのは、かなり難しい作業です。なぜなら特に現代の社会は、何事も華美、過剰になり、実質的には必要のないもので溢れかえっているからです。かといって、実質的に必要なものしか世の中になければ、人々の幸福感が下がってしまう恐れがあります。ですから、日々の暮らしの中で八正道の一つ一つを意識して、人の役に立っているかを常に考えて行動していく必要があります。

    それは「今、自分がやるべきことは何か?」ということにも繋がるので、それを愚直に積み重ねていけば、自ずと正しい仕事に収まっていくことになります。さらに「人に役立つこと」を自分の生業にしていくということは、コンパッションを醸成することにも直結します。そのような良いサイクルを生み出せれば、自分にとっても人々や社会にとっても良い状態を生み出せます。

    昨今、企業の活動において「サステナビリティ」「ウェルビーイング」が当たり前のように組み込まれるようになり、正命の実現がしやすくなってきています。「サステナビリティ」においては地球環境に配慮した、「ウェルビーイング」においては人々の健康を意識したプロダクトや活動が増えてきていますよね。

    そういった企業の活動が増えれば、自分が誇りに思え、かつ人の役に立つ仕事が増えます。また、利潤の追求だけではなく、ビジョン、ミッション、パーパスなどをしっかりと定める企業が増えているので、必然的に従業員も自分の目指すべき方向性が、社会や人々に役に立っているかということを明確化でき、より安心して正命に励める環境が広がっています。

ー平和が儲かれば世の中は良い方向に向かう

    以前、取材させていただいた地理情報システム「Re:Earth(リアース)」を展開する株式会社ユーカリヤ代表の田村賢哉氏は、インタビューの中でこのようなことをおっしゃっていました。

    「平和が儲かるといいなと思っていて。文字にすると拙いんですけど、もし平和が儲かる状態になれば、戦争に莫大な資金を投入することもなくなるでしょう。そのために僕たちができることは、いつもやっているジョブが平和にどう繋がるのかを考え、そのための行動を起こすことです。

    『平和であって欲しい』という感覚は、すべての人類が共有できるものだと信じていて。世界の人々がそれを意識して行動し、そのすべてをデータベースとして蓄積して可視化できれば、とてつもない力となる。それこそ平和の実現も夢じゃないと思うんです」

    平和が儲かる!!    これはまさに究極の正命な状態ですよね。そのようなシステムやビジネスモデルができれば未来は明るいと、インタビュー中に心の中で唸っていました。こういった思考を常に心がけることができれば、自分たちにとっても、世の中にとっても申し分ないビジネスが生まれるに違いありません。実際にユーカリヤは取材後、国土交通省中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3)に採択され、18.25億円という桁違いな補助金を獲得し、次世代WebGISエンジンの研究開発と社会実装を目指すことになったそうです。

ー仕事を劇的に減らしても、収入はアップした正命の力ー

    RIDE社で四角大輔さんという元音楽界のヒットメーカーで、ニュージーランドの森で自給自足の生活を営むベストセラー作家のマネジメントを行っていたことがありました。当時は四角氏とRIDE社の3名でチームを作り、企業のアドバイザーやイベント登壇、ブランディングのお手伝いなどさまざまな仕事を一緒に行って売り上げを作っていました。ところが4年ほど前から、取り組んでいた仕事をすべて辞め、本の執筆と脱成長的な人生をデザインする「Lifestyle  Design Camp」というオンラインサロン運営(オンラインサンガと同じオシロ社のシステム)だけに集中することにして、現在はフリーの方々と私が少しお手伝いするというチームとなっています。

    一緒にたくさんの仕事に取り組んでいた際、四角さんとRIDE社がうまくいっていなかったということはありませんでした。むしろ売り上げは上がっていましたし、チームもいい状態でした。ところが、チームでさまざまなディスカッションを繰り返していくうちに、徐々に四角さんの本当にやりたいことは何なのか?    という問いにぶち当たることが増えていきました。そんな中、四角さんは「作家として生きることにフォーカスする」という結論を出されました。ではそのためにどうすればよいか。当時はいろいろな仕事をこなしてものすごく忙しかったので、いったんすべての仕事を辞めるしかないということになりました。仕事がなくなれば本人はもちろん、RIDE社も売り上げを失い、チームの仕事もなくなります。お互いに厳しい決断ではありましたが、四角さんの心の声に従うことが何より大切だと考えたのです。

    そうすることで執筆に集中することができるようになったこともあり、その後、著書『超ミニマル主義』が完成します。皆で不安と期待が入り乱れドキドキしながら発売日を迎えましたが、ご本人の力量が存分に発揮されて見事にベストセラーになりました。さらに翌年には『超ミニマル・ライフ』もヒットし、作家としての存在感を世間に示すことになります。さらにオンラインサロンの会員もメンバー数も、作家に振り切ってコミットが高まったことや著書のヒットにより、以前より増えていきました。その結果、四角さんの売上も手広くやっていた時よりも増えることになります。そして著書はフランス、イギリス、アメリカ、ブラジルでの発売も決まっており、世界にもその影響力が広まっています。まさに正命のなせる業ではないでしょうか。


第13回に続く

第11回    2600年前からあった、ビジネス上のアクションの指針②
第13回    2600年前からあった、ビジネス上のアクションの指針④